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神の社会実験・第13章

僕は単純に感心して聞いてしまっていたが、さすがに父は現実的だった。

「なるほど、素晴らしい所の様ですな。ですが、外の世界にこの島の存在を知られないようにするという決まりが気になります。それは、もしかすると、家族とも連絡が取れないという事ではないでしょうか。それに、子供に労働をさせるという点も如何な物かと思われます。しかも、中学や高校がないとすると、同い年の友達などもできないのではないでしょうか。過保護と言われるでしょうが、多感な時期に、家族や友達など信頼できる人がいないというのは、親としては大変心配です。」

今度は、母が父の手を握って盛んに頷いている。二人とも波長が揃っているのは、息子としては大いに結構なのだけど、その多感な時期の本人を前にして良くもまあ。自分の事を改めて多感などと言われたせいもあって、何だか僕は、とても恥ずかしくなってきた。しかも、何となく僕がここに残ることを前提に話が進んでいる様な。

そんな僕を見透かしたように、院長先生は、その美しい顔を綻ばせて優しく諭してくれた。

「息子さん、貴方の御両親は本当に素晴らしいですね。もっと、誇りに思っていいと思いますよ。」

花が咲いたような笑顔、と言う表現があるが、もう最高に美しく咲き誇っている花が、もっと美しくなる場合はどう表現したら良いのだろうか。花から燦然と輝くお釈迦様がお出ましになったような、とか?こんなにも美しい人(実際は悪魔なのだが)が、聞き惚れる様な美声で話しかけてくれると、もう何を言われても納得しそうになってしまう。正に、乙女の傍らで眠りに落ちる一角獣の心境だ。うっかりそうなのかな、などと考えている間にも、彼女は僕の両親に向き直って説得を続けていた。僕も慌てて我に返って、談判に注意を戻す。僕の知らぬ間に、僕の未来を決められてしまっては敵わない。

「まずはっきりとさせておきたいのですが、子供の労働と言うと、少々語弊があります。ここでは何も、外の世界で起きている様な、過酷な強制労働が行われている訳ではございません。見習いとして働きに出ると言っても、何年も小間使いの様な仕事を言いつけられ、惨めな下っ端扱いされることもありません。職業学校よりも遥かに丁寧に、自分の選んだ仕事を愛情をもって一から教えてもらい、それぞれのペースで、できることから手伝っていくのです。新しいアイデアがあれば、他の人に習わなくても自分で開発することもできます。そして自分の能力を発揮できる喜び、教えてもらえる感謝、仲間と話し合ってアイデアを育てる面白さ、それにより築く他人との繋がりや自分の居場所などを実感し、人としても成長していくのです。多感な時期だからこそ、有意義な教育だと思います。

失礼ですが、興味のない科目を、やる気のない先生に言われるまま、試験のためだけに頭に詰め込んで、向き不向きなど無視して結果だけ比べられ、極度のストレスのために引きこもりや虐め等を発生させる貴方方の世界の歪んだ<所謂>教育より、余程理にかなっていると思われますが。その上、この島の教育法の方が優れている事は、結果を見れば一目瞭然です。何しろこの島には落ちこぼれなど一人もいないのですから。」

院長先生は、絶句している両親をしばし満足げに見据え、歌う様に続けた。

「信頼できる人は、色々な人と関わっているうちに自ずと出てきます。そして、仕事関係以外の友達が欲しい人は、年齢など問わず、交流できる場所がいくらでもあります。インドア派・アウトドア派、イントロバート・エクストロバートなど、それぞれに合ったアクティビティやサロンが選り取り見取り。バーチャル空間は勿論、図書館やカフェ、ゲームセンターやスポーツ施設など、バーチャルではない若者向けの出会いの空間も沢山あります。この島で誰かと出会い家族を設ける人もいますが、息子さんの様に未成年で突然この島に来る人たちには、成人するまで守護天使を付けることもできます。

そして、外の世界との交流自体は禁じられていますが、情報を入手することは可能です。外からの情報は、この島のIT専門家によって、この島の特定ができない様にして、インターネットを通じて自由に得ることができますし、天使たちを通して手紙を受け取ることも可能です。こちらからの電子情報の発信はできませんが、規則を守れば、例によって天使たちを通じて家族に手紙を送ることも可能です。」

「それに申し遅れましたが、この島に留まるかどうかは、息子さんの意思次第です。理由は何であれ、どうしても元の世界に戻りたいと仰るのなら、いつでも戻ることができます。但し、一旦この島を出てしまうと、もう、ここに帰ってくる事はできませんが。

この島の住民が島を出る時は、天使がこの島の記憶やここで得た知識などを、外の世界の設定に書き換え、この島を思い出せない様にされます。そして、外の世界では、悪魔たちが世界各国の高い地位の役職に潜入していて、ここから出ることを決心された方々のために、貯金や学歴、職歴などを用意して待っています。例えば、身寄りのない人なら、記憶を無くして、別人としてビジネスを成功させていたなどのシナリオで帰って行かれますし、貴方方の息子さんの場合でしたら、留学していて帰ってきたなどのシナリオが用意されます。神は、この実験を成功させるために、世界中の有名校、有名大学、大手銀行や、一流企業などに悪魔を送り込んでいますので、いつ島を出られても、息子さんを知る人が怪しまない範囲で最高の学位、職務、地位や貯金額などを持たせてお返しすることができます。しかも、ご希望であれば、ここで働かれた分、ここでしている仕事を、同レベルで外の世界でしていれば本来得られる筈の最高相当額を、怪しまれない形で家族に仕送りしたりすることなども可能です。これは、先ほど申し上げました貯金とは別に、です。

但し、もし万が一息子さんが、先ほど申し上げました掟を破った場合、これらの保険や貯金、仕送りなど、外の世界での得点は全て無くなります。被害が大きかった場合、この島の記憶を全て削除し、且つ外の世界用に用意した記憶に置き換える事無く、つまり記憶喪失を起こした状態で、さらに無一文・丸裸でこの島から追放されます。なお、この島で受けた身体の治療などで、島のテクノロジーが漏洩する恐れのある物、例えば歯、ペースメーカーや義足なども、お返ししていただきます。これは一応申し上げておきましたが、島の秘密を漏らす行為を行わなければ全く危惧される必要はございませんので、ご安心を。ご自分の意思で島を出られる場合には、衣服やペースメーカーや義足などは、外の世界で流通している最高品質の物とお取り換えさせていただきます。

如何でしょうか。決して悪いお話では、ございませんでしょう?この島に残る御決心さえなされば、留まっても留まらないにしても、必ず息子さんの将来は安泰です。外の世界では得られるかも知れない、でも何かが狂えば得られないかもしれない成功や財産を、必ず手に入れることができるのです。そして、息子さんが生涯をここで終えることになったら、息子さんのために用意されていた外の世界の財産は事前に本人が決めたとおりに親族や知人に渡されるか寄付されますので、決して無駄にはなりません。しかも、もし新たな世界大戦や大規模災害があったとしても、ここにいれば息子さんの無事は保障されます。この島は特別なバリアに守られていて、外からはいかなる方法でも見えませんし、死の灰や生物兵器、放射線などが入ってくることもありません。

私の話は、以上です。これだけ神が誠意を尽くして下さっているのに、それでもこのチャンスを逃すというのでしたら、まあ、お好きにどうぞ。この島を後にするときは記憶を消されていますから、後悔されることもないでしょうしね。さて、ご質問は?」

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