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森山流 Moriyama Ryu
2022年5月11日 21:57
Hideout「新田いまどこ?」「神戸西インター。高速に乗る」 出水の声に、スマートフォンをドライブモードに切り替えて新田が応える。出水はヒカリを運び出す新田を手伝ったあと、基幹AIのプログラム操作を続けるため所内に残っていた。「そろそろHALの細工は限界。警備会社に連絡行くし、原さんにもバレる」「うん……、一気に三島の分生研まで行くのは無理だと思う」「高速フルに使って6時間か。着け
2022年5月4日 11:58
夕方に設定されているミーティングが新田には憂鬱だった。現在は基礎研究チームを離れて研究統括マネージャーについている原が主催の少数会議。HICALIプロジェクトにかかわる人間だけの内密なものだ。なるべくその内容について考えずに済むよう、新田は実験の予定をあえてぎりぎりの時間まで詰めていた。「新田さん」 実験室に入る新田へ、白衣を羽織った瀬戸内が声をかけてくる。 「大きいほうのクリーンベンチの
2022年5月3日 03:55
「それでメスの個体をクローン化できない問題をどう解消したんです」 切林直樹が水筒から温かい麦茶を一口飲んでから言う。一人暮らしだが几帳面で倹約家の切林は弁当持参の昼食だ。研究室の一角の談話スペースには、テーブルと椅子が並ぶ中に簡単な湯沸かし器があるだけだ。あとは研究所の一階にある食堂へ行くか、購買で何か買ってくるしかない。「立案したのは僕じゃなくて原さんだけどね」 そう言いながら湯沸かしを傾
2022年5月1日 04:21
Burnout「新田、ここへ」「新田秀明。本日付で基礎研究チームに配属になりました」 それだけ言って頭をさげる。チームのメンバーは各人のパーティション付きデスクの前で、作業から少し顔を上げて簡単な会釈を返した。彼を案内してきたリーダーの原賢治は、それぞれを見ながら新田へ紹介する。「出水倫治はプログラミングと解析担当。瀬戸内夕香はwet workがメインで、相川譲が彼女の下で修行中だ」
2022年4月27日 11:27
新田が扉の横のパネルにカードキーをかざす。入ってすぐの部屋でラテックス手袋と使い捨てスリッパに履き替え、エアシャワーを通って次の部屋へ向かう。人工的に日照を再現する照明システムと、ちりや埃が入り込まないように外部より高気圧に保つ空調システムで環境が整備されている培養室だ。突き当たりに人の背丈を越える大きな水槽のようなものが三つ並んでいた。新田たちが年月をかけ苦労して構築した、クローン人間用の三次
2022年3月31日 00:13
「僕らの技術で最終的にヒトクローン個体を作出というか、構成できるようにはなった。うちのラボが設置されたのは秘密裏にはそれが目的だからね。法整備も内々に進んでる。論文ももうJournalに載る。問題は、その個体たちの維持と管理、それから、今後の『運用』」 研究所には余分な窓がない。日光や紫外線に弱いものを扱い、機密性を重視した施設特有の設計だ。白い壁の続く長い廊下を進む新田が、前を向いたままそう語
2022年3月27日 22:57
Outbrake 2006年にiPS細胞が日本の山中伸弥によって発表されてから、皮膚や血液といった体細胞から幹細胞を樹立することが技術的に可能になった。幹細胞は生体のさまざまな種類の細胞に分化する性質をもつ。これをヒトの体細胞から作ることができれば、提供者の欠損した組織や臓器を再建し拒絶反応の少ない移植を行なったり、難病研究に応用したりと、幅広い活用が期待できる。2020年ごろまでの研究で、加
2022年3月25日 01:07
イントロダクション「A棟207で火災発生、速やかに避難してください」 実験室の一角、強化ガラスの張られた無菌操作用のクリーンベンチから煙があがっていた。警備システムと火災報知器の自動感知により、研究所内にオートのアナウンスが流れる。この時間帯の所内に人はほとんどいない。部屋を足早に立ち去る男の姿に、気づいたのはたぶん私だけだろう。くたびれた白衣に、グレーの体にフィットしたTシャツと黒い細身の