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鈴木診療所/入院時の想い出

私は95年、夏に入院した。当時17歳。男子高校生だった。その前の年に発病し対人恐怖症。とにかく人が怖い。視線恐怖もあり、毎日が大変だった。半年ほど近所の教育センターに相談に行った。ゲシュタルト療法の30代の男性に相談した。しかしそれが難物で漫画ばかり貸してくる。その人はなぜかそこに自分で使い古したコンピューターを持ち込み、私にフライトシュミレーターを勧めてきた。困っていることを色々相談するのだが、首を傾げているばかり。代わりにカムイ外伝とかを貸してくる笑。あれは成人漫画のようなところがあり、高校生の私は濡れ場面が大嫌いだった。

困っているところ、書店で森田療法の本を見つけた。比較的短期間で病気が改善するという。高校生の私が着目したのは体験的理解によって「あるがまま」がわかるという。「何か面白くないか?」当時の私はそう思った。正直高校生の私は少しマシな人間になりたかった。人とうまく喋れない自分が大嫌いだった。本を何冊も読んだ。森田先生、水谷先生、宇佐先生、高良先生、大原先生、そして最後に鈴木先生のを読んだ。正直鈴木先生の表現が一番ダサかった笑。一番地に足はついているのだが、文章が地味でとてつもなく難解なことを述べていた。その人だけ「あるがまま」の説明が詳しく書いてある.....。

それに当時、唯一の生存されている森田先生の直弟子だった。「こんなおじいさんまだ生きてるのかな?」調べると東京帝国大学の出身だ!80代半ばだ!うちのおじいちゃんと同じ年だった。私はさいたま市なので、半年ぐらい経ってからゲシュタルト療法には見切りをつけて、東京中野の鈴木先生のところに相談に行くことにした。保険外である。両親に相談すると猛反対された。「保険外は商売の毛がある。やめた方がいい!」父に言われた。

正直私は欲があった。「少し名の知られている有名な先生にかかりたいな!何かいいこと教えてくれるかもしれない。この先生も17歳の時に病気になったそうだ。俺も17歳だ!」とりあえず心配なので慈恵医大に行ってみた。新橋まで体調が悪いのに、のこのこと電車に乗って紹介状も持っていないのに診察を受けた。5000円徴収された。精神科教授の牛島定信先生が診てくれた。精神分析のその先生は、精悍な面構えの人で怖かった。ものすごい勢いで睨んできた。私が鈴木先生のことを相談すると知っていた。

鈴木先生の所には5月頃相談に行った。一人で行った。病院は水色の建物。コンクリート作りの3階建て。2階が診察室だった。中に入ると大きなラブラドール犬がいた。待合室のソファーで寝ていた。私は「この先生犬好きなんだな?」と思った。待合室には誰もいなかった。予約もなしで飛び込んだのだ。JR中野駅から歩いて行った。中野区本町5丁目。鍋横商店街の近く。

診察室の扉は開いていた。「この先生少し変だな?」待合室から少し覗くと先生のズボンが見えた。しばらくしないうちに診察が始まる。初めて対面した。メガネをかけた細面の頭の薄い背の高いおじいさんだった。体型は痩せている。目つきは鋭い。「浦和から来たのかね?僕は旧制浦和高等学校の出身でね?あの辺りは知ってるよ!」と言われた。診断してくれたのだがそれは10分ぐらいだった。すぐに「対人恐怖」と言われた。それから先生は50分ぐらい森田先生の話をした。先生が17歳の時にかかったことから治った話まで......。

当時正直に思ったことは「このおじいさん長い話するなあ〜診察というより想い出話だなぁ〜あまり俺の話聞いてくれないな〜」だった。でもとりあえず安心した。他の先生よりもどっしりしている。信頼感は良かった。あと何だか直感で一本筋が通っているというか、言ってることが研ぎ澄まされていた。感覚的に「この人なら大丈夫」みたいなものがあった。神経症で私の感覚は少し鈍くなっていたが、それはわかった。私は他の先生にも診てもらっていたが、なんだか他の人と別な気がした。

診察が終わって精算の時、気がついた。50分の面接で8000円請求された。私は交通費も込みで5000円しか持ってこなかった。相談してツケになってしまった。「お父さんに叱られる!」と当時の感覚はそうだった。半端じゃない値段。そうしているうちに先生が診察室から出てきて私に言った。「僕は森田先生と風呂に入ったことがあるよ!」とニコニコして言う。「その時の森田先生の様子がね、風呂の水面のゴミを取るんだ!その動きがすごくてね!的確で私は感心したものだよ!ひょいとやる!」と私に話しかけてきた。内心私は「風呂の話なの?どうして?」と思った.....…。

つづく

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