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盗癖(前編)

独居の高齢女性タエさんを担当しているヘルパー事業所の管理者から電話が入った。
電話の向こうで、声をひそめる話し方にただならぬ様子を感じて胸騒ぎがする。

持病もあれば食事事情も最悪な環境だ、もしや不測の事態かと長年の条件反射が一瞬の良くない予感を感じる。
「お金を盗られました」と彼女が言った。なぁーんだよ、いっぺんで緊張感が抜けた。

いつも、ひょうひょうとしていて人を食ったところのあるバアチャンだ。
そして、リハビリの男性が訪問すると動けていたからだが急に動けなくなり、同情を引くなど甘え所をよく知っていた。

リハビリの彼もまたその気性を飲み込み、上手にその気にさせながら自立運動をさせていく。その掛け合いが面白く見ていて飽きず、詳しく聞き込んだわけではなかったが、タエさんの歩んできた人生の波を垣間見た思いで、憎めないしたたかさを感じニンマリしてしまうのだった。

改めて管理者の話を聞くと、彼女は声を押し殺しているが、とても怒っていた。腹が立って仕方がない様子が電話でも伝わる。

「実は私が二度目で、スタッフも一度取られています」と言うではないか。え、え?どゆこと??話がおかしくなってきたぞ。

きくと、ここ一ヶ月ほどの間に計3回財布が無くなる事件があった。はじめは自分の勘違いだろうと思っていたのだが、スタッフと聞き合わせたところ「私もです」という話になり、利用者が盗んだのに間違いないことが発覚した、というのだ。

きけばもっともらしいが、こんなずさんな話は聞いたことがない。突っ込みどころ満載の間抜けな話ではないか。

まず、本人確認もせず証拠も無しに本人の仕業と決めつけている(状況判断からしておそらくそうだろうが、手順を踏むべきだろう)

次に、ヘルパーの業務の基本として互いに誤解や嫌な思いをしないため、私物を持ち込むことは禁止ではなかったか。それを守っていれば相手に金を盗ませる事態にはなっていないはず。

精神疾患と一言でいうが、障がい内容は多岐にわたる。プロたる以上は万全の配慮をもって相手に負の部分を出させないようにするべきではなかったのか。

しかし、どのようなシチュエーションのもと至近距離で盗難が起こりえたのだろうか?


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