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盗癖(後編)

どうやら、タエさんの希望で洗濯物を干していた間のことらしい。生活保護受給者が多く住んでいるワンKアパートで狭いベランダに部屋に背を向けて干していたときのこと。私物の置き場所を問うと、ベッドの端に座った本人の目の前のちゃぶ台の傍に置いていたという。

タエさんがわざとベランダに洗濯物を干させたのかどうかは知るすべもない。犯罪歴があったわけではないので、タエさんの盗癖は隠されたまま紹介されていたのだが、後に分かった性癖からして目の前のトートバッグは衝動を抑えきれない魅力だったに違いなかったことだろう。まるで猫にサンマではないか。

うーーん、と私は考え込んでしまった。どちらが悪いのか。
いや、いや、ヘルパーたち、あなた方のプロ意識の欠如が生んだ悲劇だったとしかおもえないのですよ。だからこそ彼女は今、支援を受けている。

後日、タエさんをよく知る弁護士とともに本人の訴えを聞くことになった。
はじめこそ知らぬ存ぜぬを決め込んでいた彼女だったが「ほんとうのことを言っていいのよ」という言葉をかわきりに泣きじゃくり、自分の口で話し出したのだった。

露見するとまた病院に入れられる、と精神病院への強制入院を恐れていたのだった。受診先でもあるので報告すると、以前入院時にも入院患者内で盗難事件が起こっていたことを笑いながら教えてくれた。

彼女の仕業かどうかの確証はないが、なぜか彼女であってほしいような思いを感じてニンマリしてしまった。

「これもあれもしてって頼んだのに、時間がないから駄目だった言われて、今度は早く来てっていっても、決まってるから駄目だっていわれて、腹が立って腹が立って、それでやった(盗った)」「洋服買って、マクドを食べた」これがタエさんの返事だった。

善悪は別として物事にはちゃんと理由があるものなんだなぁ。
そしてもうすでに目の前の弁護士さんに甘えているしたたかなばあちゃんなのだった。


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