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【短編小説】浴衣の夕べ

浴衣の夕べ

 夏真っ盛り。夕方になってもまだむわっとしている。
 盆も過ぎれば暑さもやわらぐとはいうが、本当だろうか。
 ドンドンと太鼓が鳴り始めた。吊り下げられた提灯にも灯りがともる。
 市民広場の盆踊り会場では、浴衣や甚平を着た人々が集まっていた。
 その楽器の音とざわめきのなか、わたしはそれを聞いた。

「あら、左前じゃない!」

 驚いてふりむくと、声の主は中年の女性だった。
 そこにいた若い女の子の浴衣が気になったらしい。
 女の子は白地に紺のかすり、帯はお太鼓結びで帯揚と帯締もしていた。
 襦袢を重ねた胸元が、左前だった。

「お太鼓なんかしちゃって。浴衣はね、こんな帯しめたってダメよ」
「はあ、そうなんですか?」

 女の子はわからないといった顔で首を傾げた。
 たしかに左前はまずいし、この気温で襦袢と足袋にお太鼓は暑そうだけど……。
 中年の女性は得意げな顔で言う。

「そう、まともな服じゃないんだから」
「はあ……」

「お太鼓だってちゃんと上がってないから形がおかしいし」
「そうですか?」

「おはしょりも雑。丈も短いんじゃない?」
「うーん、そうですかねえ……」

 女の子は自分の浴衣を見ておろおろしている。

「腰だって補正しないとみっともない!」

 そうかもしれないけどとわたしは思い、次には口に出していた。

「い、いいじゃないですか。こなれていて素敵だと思います!」

 確かにきっちりした着付けではないけど。
 わたしから見ると、着かたが雑というよりこなれているように見える。
 体の線に沿っていて、窮屈な、着せられている感がない。

「ね、もう始まるよ。あっちで踊ろ?」

 わたしは彼女の手を引いて、盆踊りの輪に繰り出した。
 おはやしの音に女性の声は聞こえない。
 踊ってしまえば、だれも着方なんて気にやしないだろう。

「ただいまー」

 帰ってくると、御年九十になるひいばあちゃんがまだ起きていた。

「楽しかったかい?」
「うん、楽しかった!」

 わたしはおみやげのたこ焼きを出して、女の子と踊ったことを教えた。
 気がついたらいなくなっていて、ちょっと寂しかったことも。

「あらそう。浴衣にお太鼓、おかあちゃんがしてたわねえ」
「そうなんだ」
「昔は野良着しかなかったから、浴衣といや上等なもんだったんだよ」

 ひいばあちゃんはぼそっと呟いた。

「まあ、帰ってらしたんでしょうね」

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