ぐるぐる話:第10話【浴衣】
今日はいつもの投稿と違うnoteです。
tsumuguitoさんの楽しい企画、リレー小説 #ぐるぐる話 への参加記事です。小説は初投稿です(ドキドキ)。
1~9話まではこちらからどうぞ。1・2・3・4・5・6・7・8・9
スマホが欲しい小学4年生の柚(ゆず)は、祖母の木綿子(ゆうこ)に母の説得を頼み込んだ。木綿子が家族で話をするために選んだ方法は温泉旅行。木綿子、その娘麻子、麻子の娘の杏(あん)と柚の姉妹は温泉へと向かうのだった・・・
*~*~*~*~*
「こちらのお部屋でございます。」
すみれの言葉で杏は我に返った。
すみれが案内してくれたのは広い和室で、隅々まで掃除が行き届いている。広縁には和室にも良くなじむ籐の椅子が置いてある。
「一番景色のいいお部屋なんですよ。」
しかし、広縁の外に広がる美しい景色以上に柚の目を奪ったのは色とりどりの浴衣だった。
「すごい!きれいね、全部違うんだ!」
「ここのおかみがこだわって少しずつ集めた浴衣なんですよ。
お好きなものをひとつずつお選びくださいね。」
「わたし、これにする!」
柚がひと目で気に入ったのは、藍の地に白抜きのひまわりの花の浴衣。柚が同意を求めるように杏を見ると、杏は柚ににっこりと頷いた。
「とってもお似合いになると思います。黄色い帯が合いますよ、お若い方におすすめしているのはこちらの・・・」
すみれの声をさえぎって、麻子がすみれが手に取った浴衣を奪うように取った。
「私は、これね。」
麻子が選んだのは、紺地に大輪の白い花が散らばり、一部の花だけが深紅に染めあげられているひときわ華やかなものだった。普通なら、麻子の年齢で着るのは躊躇する柄だ。
「いいんじゃない。」
少しぶっきらぼうに杏が言った。
・・・全く、お母さんはいつもこれだもの。普通のお母さんなら、絶対娘が浴衣を選ぶのを手伝うのに、いつだって自分のことで頭が一杯なんだから。すみれさんが私に薦めてくれた浴衣なのに。でもまあいいわ。私はもうすこしすっきりしたものが好きだから。
この家の女たちは、自分の好みがはっきりしている。全員が選び終わるまで5分とかからなかった。杏は清楚な撫子、木綿子は流れるような萩の柄。
あっという間に女たちがそれぞれの雰囲気にぴったりの浴衣を見つけ出したので、すみれは驚いているようだった。普通のお客なら、4人もいたら、ああでもないこうでもないと30分はかかるのだ。
「さすが、お目が高いですね。こちらの萩のは江戸時代から続く老舗のものだそうですよ。浴衣は、温泉街のお散歩に着て出ていただいて結構です。お履物もございます。」
木綿子は鑑識眼を褒められてまんざらでもない様子だ。
「まず、お風呂をいただいてから着ましょうかね。」
「え~。今すぐ着たい!いいでしょう?」
柚が木綿子をまっすぐ見つめた。木綿子は末孫のこの目には逆らえない。
「ご自分で着られますか?」
「わたし、すみれさんに着せてもらう!」
「では、お嬢さんは隣の空き部屋で着せて差し上げますので、皆さまはこちらでお着替えくださいませ。」
「あのね、すみれさん、お姉ちゃんがいつも私のことをひまわりみたいっていうから、ひまわりが一番好きなの・・」
話しながら柚とすみれが出て行ってしまうと、大人の女たちはさっさと裸になって着替え始めた。自宅にいる時と同じように、そこには少しの恥じらいもない。
「柚ったら、私たちが着せてあげられるのにねえ。すっかりすみれさんに夢中ね。」
手際よく浴衣を着ながら木綿子はぶつぶつ言った。
「あら、杏ちゃん少しふっくらした?」
杏は聞こえないふりで木綿子に背中を向けて着替えている。麻子はもうほとんど着替え終わっている。サンバで衣装を着るから、早着替えはお手の物だ。手鏡を持って、真っ赤な口紅を引いている。
大輪の花をあしらった浴衣を着た麻子は、ハッとするほど艶めかしかった。白いうなじを絶妙な塩梅で見せている。結局のところ、麻子の浴衣選びは正しかった。自分を一番魅力的に見せる術を本能的に身に着けているのだ。
【第11話に続く】