見出し画像

短編小説/もえる日

 
 学校に行こうとスニーカーを履いて外に出たと同時に緊急メールが来た。手に持っていたスマホを見た僕は「うえ?」と声が出て立ち止まった。

『緊急連絡メール:朝7時頃学校宛に爆破予告がありました。
 警察消防による安全確認作業を取るため、本日は休校に致します。
 生徒の皆さんは自宅待機し、決して学校に近付かないようにして下さい』

 直後に友人やクラスメイトが一斉にネットで騒ぎだした。いつもなら嫌々
学校に来てる連中こそが『見に行こうぜ』と張りきっていた。
 玄関先でスマホを見つめたままじっとしていると母が飛び出してきた。保護者にも同じ内容のメールが届き「びっくりだわねえ」と眉を潜めた。
 いきなりの休校。家にUターンして履き古しのスニーカーを脱ぎ、制服のままリビングのソファーに腰掛けた。

〈ほんとはホッとしてる?〉
 
 そんな囁きが聞こえた気がした。答えなくとも無視できず、なんで今日に限ってこんなことが起きるんだと、複雑な気持ちが渦巻いた。
 
 昨日隣のクラスの朝井みのりに告白した。向こうはぽかんとしていた。誰だっけ?という顔で始終口が少しだけ開いていた。
 自分から声を掛けたのに、焦って名乗りもせず「隣のクラスの…宮内の友達」とわけの分からない自己紹介をして立ち去った。なんだったんだと思ったに違いない。ふざけてるのかと嫌な気持ちにさせたかもしれなかった。
 誤解させたなら解きたい。でも学校で会った時どんな顔していいかわからない。眠れぬ夜を過ごし、覚悟も開き直りもできぬまま太陽が昇り、さすがに逃げるのはナシだろと奮起して登校する直前、とんでもない知らせが届いた。いたずらに違いないが、誰がこんな絶妙なタイミングで爆破予告なぞしたのか。本当は後込みしてる迷いを読み取られた気がした。

 けどそれならなぜ告白なんかしたのか。ビクビクするぐらいなら最初から言うな。同じ学校の生徒と分かってる相手なんだから。
 気付いたら見ていた。朝井みのりはセミロングが似合って、本当はミーハーじゃないのに周りに合わせて頑張って女子高生をやっていた。友達のいない所だとふと表情が消えて、なにを映してるのか分からない望遠レンズみたいな目でぼんやりしている。その横顔が好き。こっそりと見とれていた。
 朝井みのりの部活の友達と僕の友人が付き合ってる関係で顔見知りだったが、会話を交わしたことはなく、仲良くなろうともしなかった。互いに両端に立って愛想笑いを浮かべてる。たまに目があってもすぐに逸らしていたがその一瞬ずつのコマ撮りで彼女に惹かれていった。
 
 彼女はどんな気持ちで今日を迎えたのか。向こうも僕に会うことに気まずさを感じてたのかな。晴れないモヤモヤが溜め息と化す。
 テレビでも爆破予告騒動を報じていた。学校の周囲は規制線が張られ、
パトカーが数台に機動隊の車両も来ていた。物々しく騒然とした校舎。見慣れた場所なのに上空からだと違く見える。緊急メールを無視した、生徒と思われるやじ馬の姿もちらほらいた。まるでお祭りみたいに賑やかだった。
 そしてお祭りは一過性の盛り上がりだ。いつもは仲良くない同士も参道ですれ違えば笑って手を振る。気合いの入った私服で。けど翌日になれば元の位置に戻る。廊下ですれ違っても顔も見ない。あれは昨日のことよと、あっという間に冷め、蒸し返すこともない。だからこの騒ぎも明日になれば嘘のように熱が引いているんだろう。まるでそれが約束事みたいに。
 人生初の告白は僕にとって一大事。ひとりわっしょいだ。一心不乱に踊りまくった。彼女に見てもらうために。でも彼女にとっては通りすぎただけの顔見知りで終わるのか。 奇妙な熱気だけを残して。
 断られるのもへこむが、なかったことにされるのはいやだった。嫌いなら嫌いでいい。何かひとつ答えをくれたらいいなと思った。

 予告から七時間。二時過ぎてようやく爆発物はないと確認されて避難勧告も解除された。暇だから僕も学校に行ってみることにした。
 人のことは言えぬが、物好きは結構いて、かなりの数の生徒が来ていた。
みんな異様にテンションが高かった。一応安全を考慮して明日までは校内に入れず、門はぴっちり閉まったままだった。いつもは見過ごしていた正門前のポプラの木が深まる秋に伴って黄色く色づいていた。夕方近い風に吹かれた鈴なりの葉がさやさやと無邪気なダンスを踊っており、爆発しないでよかったなと思った。

 段々人が増えてきた。普段はウザい学校なのに失うかもしれない不安を味わったせいか、無事だった安堵は生徒たちに妙な一体感をもたらしていた。
 クラスメイトと話していると「よお」と宮内が声を掛けてきた。隣には奴の彼女がいて、さらに隣に朝井みのりがいた。袖の長い白いカーディガンにベージュのショートパンツ。私服を見たのは初めてで、シンプルだけど女の子らしいコーディネートがめちゃくちゃ似合っていた。
 見とれてる僕と彼女ははっきり目が合った。そしていつもみたいに同時に逸らした。けれど僕を避ける素振りはなさそうだった。あからさまな迷惑顔も。間に二人挟み、不自然なほど一言も交わさず門の近くに立っていた。

 日もだいぶ落ちてきた頃スマホにニュースが入った。犯人が捕まったらしい。学校の裏手にある家に住む40代の男の犯行だった。爆弾は嘘で、キラキラした青春を送ってる高校生が疎ましかったという。その知らせに再び沸いたが、それも次第にフェードアウトしていった。
 
 帰ろうか、と宮内が言って僕らは歩き出した。四人並んでいると前から自転車が走ってきて、僕と朝井みのりが後ろによけた。偶然のペア。ドギマギしつつ歩調を合わせて歩いた。

「なんにもなかったね」
 
 彼女は黒く艶めくセミロングの髪を耳に掛けながら小さく言った。

「まあ、こういうのは大体いたずらだから…」

 緊張で見たくても隣が見られない。僕の胸の方が爆発しそうだった。
付かず離れずの二つの影が道路に長く伸びていた。すると朝井みのりはふと足を止めて後ろを振り向いた。僕もその場で一緒に眺めた。夕陽に照らされた学校は真っ赤に染まっていた。

「燃えてるみたい」

 望遠のまなざしの朝井の頬も茜色に染まる。本当にそうだった。なにもなかったのに、学校は焼き尽くすような深紅に包まれていた。
 昨日のことなんだけど、ね…。
 彼女が僕に笑い掛けた。その直後だった。校舎の後ろ、体育館の裏の方でバンッと何かが弾ける音がした。一度目を向けたが、僕はもうそんなことを気にしてる場合ではなかった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?