短編小説/君のおっぱいが見たい・推し活編④
2300枚のDVDは入金の5日後にアパートに届いた。
段ボール13箱。六畳一間の部屋は急激に狭くなった。
国崎は同封されている応募シールを毎日ケースから抜いて集めた。
現時点で2466枚。3000枚まであと534枚。
キャンペーン終了まであと一週間。しかしもうどこにも売ってない。
増産しないのかと事務所に尋ねた。
「君、ほんとに買うの?」
冷やかしめいた声がマジのトーンにグラデーションした。
はい。国崎はもっとマジに答えた。
「キャンペーン本気でやるつもりなんだね?」
「はい」
相手はしばらく黙り、一度保留になった。
長い時間だったが国崎ももうあとに引くつもりもない。
だってそっちが言い出したこと。
ライブ配信でもハルコは「DVD買ってねー」と言っていた。
とはいえその配信もここ十日ほど止まっている。
呟きはちょくちょく投稿されてる。
だがその言葉尻にわずかな牽制と片鱗が見られた。
『キャンペーン本気でやってる人いるの?』
『いたらウケる』
『そもそもDVDは観るものだし』
だがそう投稿すると『今更ひよってる』と揶揄される。
そうなるとハルコは黙る。ハルコらしくなく。
ハルコを応援したいのに自分はハルコを追い詰めてるのか。
だがここまできたら後戻りはできない。
ハルコ。一緒に心中しよう。
これはハルコ自身のためでもあるんだ。
おれはどうしてもおっぱいが見たいわけじゃない。
もちろんあれだけど。
こんなチャンスないとも思ってるけど
やらなかったらおっぱいを見せる以上の痛手を負う。
おれ以上にハルコを好きな奴いないんだから。
おれはハルコのためなら金だって命だって捧げる。
もう怖がらないで一緒に崖に飛び込もう。
これでアイドル人生終わってもおれがちゃんと面倒見るから。
ハルコをハルコのままでいさせてやるから。
そう思うと涙が込み上げた。
しばらくすると保留の音楽がぶつりと切れ「あーもしもし」と
男が戻ってきた。
「じゃあこうしましょうか。
残りの分の入金さえしてくれたら枚数に加算しますよ。
あといくら足りないの?」
「534枚です」
「ならその分の料金を先に振り込んでもらえます?
確認できたら応募シールだけ送るんで」
相手方の提案にさすがの国崎も戸惑った。
おかしくないか?
ちょっと危ない気がする。
その通りにしてもいいのだろうか。
だがキャンペーンの締め切りまでもう時間がない。
そしてもう金もない。そう。金がないのだ。だが今更引けない。
「わ、分かりました」
聞きたいことだらけなのに己の気の弱さに勝てなかった。
答えながら「一旦よく考えろ」と自分に訴えてるにもかかわらず
流暢に誘導してゆく男に待ったを掛けられない。
「じゃあお願いしますね。けど告知にも書いてありましたけど抽選なんで。
それだけ覚えといて下さいね。当選したら連絡しますから」
男は最後にこう付け加えて電話を切った。
ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、ツー…。
抽選。応募者ひとりでも?まだそんなこと言うの?
国崎はそっとスマホの電源を押した。
頭はすごく冷静。でも胸の中はメラメラしてる。
もう止めておけ。いや負けるな。もう止めておけ。いや負けるな。
十五、六回繰り返した。
考えるより感じろ。かのアクションスターは言った。
それは心の思うままの意。
そうだ。当たるかもしれないならやるしかないだろ。
「じゃあここにサインと捺印お願いします」
国崎は某消費者金融会社で残りの330万を借りた。
銀行で目一杯借りてしまったので無理かと思っていたが
意外に審査はすんなり通った。
正社員であることと都内に実家があるおかげだった。
その金を受け取って銀行に直行した。
訝しげな表情を浮かべる女性行員は途中上司を呼んできた。
振り込み金額が高額だから騙されていないか確認するためだった。
優しげな口調で用途を質問してきたり
犯罪用の架空口座ではないかと調べたりして二時間以上も待たされた。
うるさい。さっさと振り込ませろ。
早くしないと抽選に漏れるかもしれないんだから。
国崎は正直に好きなアイドルのグッズを買うためだと言った。
「信頼できるので大丈夫です」
自分で発することで疑心暗鬼を打ち消した。
大丈夫。ハルコはきっとおれだと分かってくれてる。
3000枚買ったと知ったら喜んでくれるはず。
この際おっぱいはおまけだ。
これは愛なんだ。それを証明しなきゃならないんだ。
ここまできたらもう突き進むしかないんだ。
バカだと思われてもいいよ。
オタクはこれだからと蔑んでもいいよ。
けどハルコ以外にいないじゃないか。
おれの手を握ってくれる人なんか。
また来てねって笑って迎えてくれる人は。
たったひとりおれの居場所を作ってくれたかけがえのない人なんだ。
銀行のカウンターに涙が伝って落ちた。
顔がぼやける行員たちはもう黙って手続きを始めた。
今日からもやし二袋だな。
俯いてジーンズの膝を擦りながら国崎は心で呟いた。
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