いちごみるくさん

どこにでもいるアラフィフ主婦。 見た目はほんわか、中身はわんぱく。 離島育ちの古都住まい。

いちごみるくさん

どこにでもいるアラフィフ主婦。 見た目はほんわか、中身はわんぱく。 離島育ちの古都住まい。

最近の記事

旅立ちの日

私は、伊勢志摩のとある離島に生を受けた。 そこは、昔ながらの濃密な近所付き合いと、独特な風習が残っている土地である。 港には小型の漁船がぎっしりと停泊しており、漁師たちは老いも若きも覇気に溢れ、「今日はどうやった」「まあまあやな」などと、怒鳴り合うような荒々しい会話を交わしつつ、水揚げした魚介類を筋骨逞しい腕で漁協の市場へと運ぶ。 海辺の海女小屋では、漁を終えた女たちが賑やかに談笑しながら火にあたっている。その中でもひときわ大声で笑う貫禄たっぷりの海女は祖父の妹で、潜りの名人

    • 推しへの感謝を込めて②

      作家の日向夏さんに憧れて文章を書き始めた私。小説投稿サイトに投稿を始めたばかりの頃は、書きたいことがとめどなく溢れ出して、スマホの画面を指が踊るように言葉を紡ぎ出していた。書いた作品に、読者の方から丁寧な感想をいただいたり、ときに恐縮するほど褒めてもらったりするたび、ひょっとしたら私には才能があるのでは……? などと、自惚れ心すら湧いてきた。しかし、そんなスターをとったマリオのような無敵状態は、ほんの数ヶ月間しか続かなかった。 その後はまるで、力いっぱい絞って天日に干した雑

      • 推しへの感謝を込めて

         今年五十歳になった私が、我が身に忍び寄る老いを感じ始めたのは、四十代半ばを過ぎた頃からだろうか。婦人科系の不調で受診したり、階段を上ると息切れしたり、鏡を見るたび、髪や肌の艶が失われつつあるのを感じてゲンナリしたり……。若い頃は何にでも首を突っ込みたがる性格だったのに、新しいことを始めようという好奇心さえ薄れていた。 家とパート先を往復し、時々ママ友とランチする。そんな変わり映えはしないが穏やかな生活に、何の不満も疑問も感じていなかった。  しかし、いつまでも続くと思われ

        • 夏休みのお約束

           まだ少し気が早いのかも知れないが、夏の気配が日に日に濃くなるこの時期になると、決まって思い出すことがある。 それは、私が離島の小学生だった頃。夏休み前のあのワクワク感。そして、学校から配られる、《夏休みのお約束》について書かれたお便りのこと。 今にして思えば、あのお便りはかなり地域性が出ていて独特だった。  息子たちが通う、ここ鎌倉の小中学校で配られるそれには、ごくごく当たり前のことしか書かれていない。外出してもいい時間帯とか、子どもだけで繁華街に遊びに行かないようにとか、

          居ても立っても居られないから

          ちょっと待って!なんじゃこりゃ!? 急にスキとかフォローとか……。ひぃぃ、そんなぁ、見逃してくださいよ〜!わたしゃ五月雨に咲く紫陽花の葉に這いずるカタツムリが如く日陰者の身……。誰にも見つからないように、そっと殻にこもって推しの文章や面白い記事を盗み読みしつつ、うふふとほくそ笑んでるつもりだったのにーー! そんな心の叫びを上げながら、私はスマホが震えるごとに、あせあせとフォローバックを繰り返した。もう、うっすらと涙目である。それは困惑の涙であり、喜びの涙でもある。いや、正直に

          居ても立っても居られないから

          センチメンタル勘違い

           家族揃って遅めの夕飯の食卓を囲んでいると、ベランダへと続くリビングの窓ガラスが、ビリビリと振動し始めた。「えっ、なに?」私は思わず立ち上がり、窓の方に歩み寄った。「……花火?」高校生の長男がぼそりと呟く。「ああ、花火やな」「うん、それっぽい音しとる」夫と次男が頷いている。私は、窓を開けてベランダに出た。『ドンッ、ドドン、ドドドン』低く轟く音が聞こえる。すぐにスマホで検索してみると、逗子海岸花火大会が開催されているらしい。残念ながら、マンションの四階にある我が家のベランダから

          センチメンタル勘違い

          初noteのご挨拶

          はじめまして。まずは自己紹介させてください。 どこにでもいるごく普通のアラフィフ主婦、『いちごみるくさん』と申します。この妙なペンネームは、数年前に「小説家になろう」に投稿した掌編小説の登場人物の名前です。何となくこのアカウント名でTwitterを始めてしまった流れで、ここnoteでのペンネームも、「まあ、これでいっか!」と、即決してしまいました。いちごみるく、特に好きってわけではないんですけど、何だかちょっといかがわしくて可愛いと、自分では気に入っています。 さて、私には