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宗教や信仰についての雑記 #320

◯隠された真理

「隠された真理」という言葉をしばしば耳にします。この言葉は陰謀論などで語られることも少なくないのですが、古くから哲学や宗教の場面で語られてきたもののようです。

哲学の観点では、人間の認識の限界や言葉で言い表せないものなど、宗教の観点では、神の意志や宇宙の秩序などといったことが、議論されてきたようです。

私は個人的に「隠された真理」を、路傍に咲く小さな花に観ることが多いです。
この道端に生えている草花は、撹乱依存戦略を採っている植物と言われています。

この「撹乱」とは,生態系・群集・あるいは個体群の構造を乱し、物理環境を変えるような顕著なイベントのことだそうです。
例えば台風,ハリケーン,サイクロン,山火事,火山噴火,雪崩,などにより森林が大きく破壊され,樹木が倒壊あるいは枯死したところで新たに開いた空間が形成されることなどを指すようです。
撹乱が大きくストレスが小さい場所では、撹乱依存戦略を取る植物が有利になります。撹乱依存戦略をとる植物は、生長が速く、短期間のうちに生活環を完了し、非常に多くの種子を生産するという、雑草的な特徴を持つものです。撹乱が起きたばかりの土地ではこの戦略を取る植物がよく見られ、一年生植物に多い戦略であるそうです。

路傍に咲く小さな花は、長い進化の過程で得たそのような戦略が、人間の作った環境にも適していて、結果的に路傍で繁殖することになったと考えられます。このことは植物の遺伝的な変異にも影響を及ぼす可能性があると思います。

また動物の例では、アメリカの都市部では、その環境に適応したアライグマの行動が、それまでの野生のアライグマの行動と異なり始めていて、遺伝的な分化の兆候ではないかと見られているそうです。

これは人間の作った環境が、生物の進化にも影響を与える可能性のあることの象徴のような気がします。このことは人間と自然の関わり方を考えるきっかけともなります。
生命は環境との相互作用を通じて進化します。人間の活動やその結果としての人為的な環境は、他の生物の進化や生態系に対して、何らかの影響を与え、また、何らかの役割をも果たしています。

それはある大きなシステムの中にあるサブシステムの空間的および時間的な役割や地位、あるいは存在意義の現れとも受けとめられます。
そこには、人間の認識能力の限界から来る誤謬の可能性や、それまで保たれていない秩序の撹乱の危険性が常にあります。
我々は、自分自身をを包摂している大きなシステムへの影響や役割の不透明さから逃れられない存在とも言えます。

しかし人間は、システムの一部分でありながら、同時にシステムを観察し、問いかけ働きかける主体でもあります。
自分自身の生存や存在意義に対して有意義な問いかけや働きかけをするためには、ごく些細な事柄や現象あるいは前兆にも目を向ける必要があります。
我々は普段から、自らの意識や精神を漫然とさせておいてはならず、路傍に咲く小さな花に秘められた「真理」を見逃さないようにしなければならないのだと思います。

そして、上記の問いかけの中には次のようなものがあるのでしょう。
「我々は自分自身が作った環境に適応して生き延びることができるのか。この路傍に咲く小さな花のように。」

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