見出し画像

イジメられた最初で最後の日

あれは私が小学校を4年生で卒業して現地校のギムナジウムに入学して数週間以内のことだったと思う。
これは授業と授業の間にあり5分休み中の出来事。とある男子が何を思ったのか、私のペンケースを私の取り上げて、他の男子と共に教室から出て行った。戻ってきた彼らは盛り上がっていた。ニヤニヤしながら「やっべー!あいつマジでステアケースに投げ込んだよ!うわーー(笑)」と大声で騒いでいた。「あいつマジすげー」的なノリだったと思う。

例の男子は私に言ってきた。

「取りに行けよ」

私は当然「お前が行け」と言った。
彼は完全に私のことを舐めていて、「は?なんで俺が?お前のじゃん。行けよ」と抜かした。私は応戦した。

「私は行かない。投げたのはお前なんだからお前の責任じゃんか」

この言い合いは休み時間が終わるまで続いた。すると、大騒ぎになっているクラスの中に担任の先生が入ってきて、一体何がどうなってるんだと私たちに聞いてきた。私は冷静に「ペンケースを彼に取り上げられた。」を問題の彼を指差し「他の子はステアケースに投げたと言っている。自分で取って来いと言われている。」と説明した。先生は彼にとってくるよう求めた。

彼は渋々教室を出て行き、私のペンケースを持って帰ってきて、こちらにほうった。先生が「何か言うことはあるか」と聞くと、彼は悔しそうに「ごめん」と言った。私は「ありがと、モーリッツ〜♪」という具合だったと思う。


その時何を考えていたかと聞かれれば、特に怒っていたわけでなく、どちらかというと「こいつ頭おかしいの?」というか「私こいつのオカンじゃないんだけど?」と呆れ返っていた。ハウプトシューレが「動物園」とは聞くがギムナジウムでもこれとは。がっかりだった。

今同じ目にあって同じ態度が取れるとかと言われれば、そんなことはないと思う。というわけで「これこそがいじめ撃退法だ」「これが正解だ」と言うつもりはない。


つまり何が言いたいかといえば、何で自分が何も悪いことしてないのにfeel intimidatedしなきゃいけない(及び腰にならなければいけない)んだ?という話だ。それと同時に、誰かが悪意なくやったことでfeel offendedした(不快に感じた)としても、むやみやたらと責め立てるべきではない。その時は対話すべきだと思う。どんな返しをするかだとか、毎回upset(悲しみと怒りが混ざった感情)にならずに、どうやってその状況を切り抜けるべきか、あるいは避けられるかのヒントがそこにあるかもしれない。例えば「〇〇語話すの?何か言ってみてよ」にどう返すのかとか、一考の価値があると思う。(この件については深掘りしたいのでまた別の投稿で語ろうと思います。)

当然ながらというか、残念なことにことにというべきか、エネルギーは使う。自分に何が起こっているのかを考えないといけないし、頭を使わなければならない。嫌なことがある時、それを思い出すだけでも十分疲れるものだし。

そして誰かがわざと攻撃してきた時、それはそいつに問題がある。自分には関係のない話だ。自ら被害者になる必要はない。同じことをやりかえすべきではないが、彼らに問題があることを毅然とした態度で伝えるべきだ。
個人的には問題から抜け出すのに「遅すぎる」ことはないと思っている。ただしそれを決められる、そして行動に移せるのは自分以外他の誰でもない。更に言うと、他人の助けに依存してはいけない。その相手に手を差し伸べる意思があったとしても。あくまでも助けを利用するのは自分だからだ。
いじめられた時、それを拒否するのは自分にしかできない。先生も注意はできるだろうが、自分で発信するほど強力ではない。

ただまあ、状況としてはしんどいわけだけれども、忘れるべきでないことがある:間違ってるのは向こうである。責任の所在は向こうにある。彼らが間違っているということに罪の意識を感じる必要はない。決心して、行動に移した時から問題から抜け出すことは可能になる。助けが必要なのは自分は弱いからではない。むしろ人が助けたいと思うくらいにあなたは強い人であることを意味する。そしてその助けは賢く使うべきだ。

#いじめ #からかい #学校 #ギムナジウム #帰国子女 #元帰国子女 #自尊心 #責任の所在 #外国 #海外生活

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?