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連載/長編小説【新入社員・山崎の配属先は八丈島!?】⑫
四月となり、新入社員が配属されてきた。
わたしと同じ本部採用の一年後輩になる。今ちゃんとわたしの場合は、本配属までグループ内のホテルでOJT研修をした後の配属だったので夏となったが、今年は配属先でOJTをしながら学ぶ方針へ変更されたとのことだ。
元気な男子で松居くんという。フロントに配属されての研修が開始され、今ちゃんは早速に先輩フロントマンとなるが、わたしの部署には配属が無く、いつまでも下っ端のままだ。
「いろいろと教えてください――よろしくお願いします」と――島にくる前から小麦色に少し日焼けした顔と、サーファーのような茶髪の今時の男だ。
今ちゃんのひとつ先輩にあたる「早川さん」がトレーナーに選任された。
あ、そうそう――早川さんは料飲の魚屋さんと同期で、同じホテル専門学校出身のナイスガイであり、ちょっと見は「チェッカーズの藤井郁弥」に似ていて、女子にもてそうなルックスだ。それにしても、料飲の昭一さんや田中さん、魚屋さんと言い、ホテルマンはハンサムで格好いい人が多いのである。新人の松居くんの話はこの後またすることとして……。
さてホテルには様々なお客様がいらっしゃる。
今ちゃんからエルピに内線で「ちょっとやばそうな団体が入ってくるから注意しておいて」と電話があった。
「なにがやばそうなの?」
「以前にも来ているみたいなんだけど、ヤクザか?右翼の団体らしい」
「そんなお客様でもホテルは受け入れるの?」
「多分だよ、確証はないらしい」
とってもあやふやな話だ。
「東海汽船で来るらしいから、もう島には着いているはずだよ」
そんな話をしている最中に、それらしいお客様数人がランチを食べにエルピにいらっしゃった。
「いらっしゃいませ」と入口キャッシャーのところから言うと
「今年もよろしくね」とやけに馴れ馴れしい感じの、パンチヘアー頭がいった。
「昼飯たべてから、ゴルフやるからね」
といいながら、なにやら財布の中をゴソゴソしている。
「これすごいだろう」
と言って見せてきたのが、男女モロだしセックス写真の「テレフォンカード」だった。
ほんとはあげたいんだけど、一枚しか持ってきてないから、今度な!!」などといって
席の方へいってしまった。
「今度っていつだ??」と心の中でつぶやく……なんだか、台風のようだ。早く過ぎ去って欲しい。
「そうか、今晩の二階座敷での宴会はこの団体だったか」と――たしか○○○会ご一行様だったな。慰安旅行か?
とってもいやな、予感がしていた。
看板に付ける縦長の紙に墨字で書いた宴席名がフロントからまわってきていたな――と思うやいなや、今晩のこの宴席の担当は自分じゃないか!!と心臓の鼓動が早くなるのがわかった。
人数の多い宴会が入ると、スポットで「仲居さん」を呼ぶことにしている。
トップシーズン以外は、ギリギリの人数でメンダイとエルピのシフトを休日者も含めてまわしていたので、この仲居システムは重宝した。
仲居頭は「よっちゃん」というクリクリパーマ頭の大きく見える「おばあちゃん」で、ちょっとみは怖そうだった。大阪の勢いのいいおばちゃんを想像して貰いたい。カズ兄ィなどは苦手としていたが、わたしと魚屋さんのことは、何故だか気に入ってくれていた――若い男子が好きなのかもしれない。
この日も、よっちゃんを入れて三人の仲居さんに宴席の一時間前から来てもらい、料理やドリンク類の準備を始めてもらっていた。
宴会場は座敷であり、襖を取り除くと、最大で五十名ほどの宴席が可能となる。長いテーブルを繋げて並べ、座布団をセットする。
しばらくすると、例の団体ご一行様がゾロゾロと階段を上って宴会場に入ってきた。
確かに、一般人とは違う面持ちだ。皆、ホテルの浴衣姿だが、腕や足首からチラチラと入墨が覗いている人が数名いるのがわかる。
六時に宴会ははじまった。
割合と静かな宴席だが、ビールの出るペースは早い。お酒が多く売れるのはホテルとしてはありがたかったが、このまま静かに宴席を終えてほしいと願いながら接客をしていた。
すると、ひとりの客から「こんな物が料理に入っていたで~」と呼び止められた。
その男のごっつい掌の真ん中には、なにやら「小さな針金」のようなものが乗っている。
「失礼します」といいながら、それをつまみ上げると、あきらかに「金たわし」だった。
「申し訳ございません。今、板場に言ってきます」と言い残して、厨房のある階下へ駆け下りた。
まだ料理提供半ばの和食厨房には、中村板長も残って調理をしていた。
「板長!!二階の宴会で料理にこんな物が入っていました」とディッシュ・アップにその針金をのせた。
すると板長が「ああ、これは、金たわしだな」などとわかりきったことをのんびりと言うではないか!!
「板長、この団体はまずいです。一般客とは違います!!どうしますか!!」というやいなや
「堀口!!フルーツ盛り合わせでも作れ」と指示するではないか。
わたしはそのフルーツ盛り合わせが出来上がるのをディッシュ・アップで一日千秋の思いで待っていた。
「よし、山崎!!これを持って謝ってきてくれ!!」
「わ、わたしがですか!」
「そうだよ、お前しかいないだろう」てっきり板長も一緒に宴席へ謝りに行くと思っていた。
仕方なく、板長から渡された大皿のフルーツを持って宴席へと戻っていった。
先程のお客様の座っている席の後ろに行くと
「先程は誠に申し訳ございませんでした。これは皆様で召し上がってください」といいながら、テーブルの中央に、そのフルーツ皿を置いた。
「それでは、失礼します」と言い残して、立ち上がりその場を立ち去ろうとすると
そのごっつい男の掌が、正座をしている私の肩を叩き「まあ、座れ」と押しとどめるではないか!!
「はい」といいながら、その男の後ろ側に座り留まった。
すると、間もなく空グラスを渡され「まあ、飲め」というではないか!!
「仕事中ですので……」と言ったことなど、まったく聞き入れる様子もなく、持ったグラスにビールを注がれた。
「い、頂きます」といい、あきらめてグラスのビールを飲み干した。
すると、さらに次の一杯が注がれた。
私は基本的に、酒に弱い体質だ。立て続けに飲むと吐き気をもようす。
そのまま、グラスを持ちながら黙ってその男の背後に座り続けた。
しかし、この日は極度の緊張のあまりか?まったく酔いがまわってこない。
随分と、時が流れた――時折、わたしを心配そうに見る、よっちゃんの視線が刺さる。
すると、昼間エルピに現れた「裸テレカのパンチパーマ」がわたしの肩を叩き
「兄ちゃんも忙しいだろうからな、板長によろしく!」などといいい、開放してくれた。
助け船を出してくれたのだ。
すぐさまその後、下の厨房に報告へと向かったが、既に電気は落ちており、みんな退社した後だった。
「ふざけるなよ!!」と声に出して言った――誰もいない厨房に一瞬響いた声は、その後、冷蔵庫のコンプレッサー音にかき消されていった。
ホテル仕事の神髄を経験した一夜だった。
to be continued……