連載/長編小説【新入社員・山崎の配属先は八丈島!?】⑪
八丈では温暖な気候を利用した花木栽培も盛んだ。
三月に入ると一斉に春の花が咲き出す。
中でも美しく賑やかになるのは三月中旬頃から毎年始まる「フリージア祭り」だ。
黄色の花がフリージア畑一面に咲き乱れる様は圧巻だ。東京方面へも出荷される。
この期間は観光客向けに空港へも「フリージア娘」が歓迎の意を込めて出向く。
黄八丈の着物に実を包み、腕にさげた籠にはフリージアの花が溢れている。
一ヶ月弱くらいの開催期間だが、島の観光協会もこのイベントには力を入れていて、竹芝桟橋でも集客のイベントを開催するほどだ。フリージア娘になると忙しいのである。
ある日、「じい」(バスの運転手)が「山ちゃんはモンスって知ってるか?」
と唐突に言ってきた。
あ、そうそう、この「じい」のことを紹介しよう。名前は菊池正さんと言い、青ヶ島出身の七十代で、みんなは「じい」と呼んでいる。日に焼けた年齢相応の深い皺に、島の漁師を思わせる風貌だ――しかしながら、たくましさは備えておらず、小さな身体に痩せ細った体躯でありバスを操る時の運転席に座る姿も、なにか滑稽に映る。
「知らないけど、それなに?」
「モンスの実がなるんだよ」
「食べられるの?」
「美味しいよ、ちょっとだけイガイガするけどな」
「ストアで売ってる?」
「島の中でも売ってるとこはないなあ」
「今度、採りに行くべ」
「じい」に連れられて、山の中へとはいっていく。
モンスとは地上に生えている大きな草のような植物だった。その草の根元から中心部分に、薄緑色や少し黄色がかった実が垂直に伸びている。
「とうもろこし」を少し細くしたような感じとでもいうのか――初めて目にする植物だ。
「この黄色くなった実を食べるんだ」
そう言うと、じいは、その実を根元から折って採った。
「少し家の中に置いて、熟してから食べると美味しいんだ」
「ポロポロと表面の皮が剥けるから、その中側を食べるんだよ」
「へえ~、わかった」
持ち帰り、数日過ぎてから食べてみた。
中身は、薄い黄色で「バナナ」にも似た食感で少し甘い。まだ、若いのを食べると喉にイガイガがきついらしい。
今ちゃんと一緒に食べてみたが「旨いのか不味いのか、微妙だな」というのが二人の感想だった。モンスの実は、本土では味わえない未知の味であったのだ。
さて、カズ兄ィの話をしよう。
兄ィはメンタルが極端に弱い――お客様に小言を言われた時など、すぐ顔に出てしまうタイプだ。そして、そのことをかなり引きずるタイプなのだ。
時として、姿が見えなくなるときがある。最初の頃は皆に「カズ兄ィの姿が見えないんだけど」と訴えかけたが、それもいつしかしなくなった。
田辺くんが「また、カズ兄ィの洞穴じゃね?」などと言う。はじめ、意味がわからなかった。
どうやら、車で永郷方面へ少しいった道路脇に「洞穴」があって、そこに頭から車を入れているらしい。何度も目撃している者もいる。
嫌なことがあると、ここに向かうらしい。誰かに話したり、相談したりはしないのである。
きっと、静かにひとりになりたいのだ。
いつだったか、事務所で康リンが「和夫さんはなにをやらせても駄目で、購買の時なんかは仕入れが膨らみすぎて大変なことになっていた」などと批判をはじめた。「あれで、大学を出ているっていうんだからな」
さも、自分は高卒だけど、今の購買課をしっかりとマネジメントしているとでも言いたげだ。
カズ兄ィは常に神出鬼没であり、何処か憎めないナイスミドルなのである。
to be continued……
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