白球を追う
太陽が熱く燃えている。
50年前の高校生に時が戻ったように、一時間、自転車をこいで県営球場に行く。
気持ちは高校生だったが、明らかに息切れをしていた。
自分の在学中には、残念ながら野球部は無かったが、あの頃から、甲子園を目指す高校がとても羨ましかった。
しかし、卒業後、母校に野球部が創部されたと知り、いつか必ず直接球場に行って応援したいと思い続けていた。
やっと念願がかない、観戦する日が今日きた。
前日は、待ちに待った遠足に行く子供のように、高まる興奮を抑えきれなかった。
帽子、水筒、タオル、うちわ、メガホン、そして心臓の薬・・・準備万端。
一時間以上前に球場に着くと、坊主頭でユニフォームを着た高校生二人が、入口のテントの下で待っている。
『メンバー表でもくれるのか』
と思ったが違った。
「こんにちは。一人入場料千円です」
「え?お金をとるの?千円?」
『料金を取って見せるってそれ、アマチュアじゃなくプロじゃん。ええんかい?』
一瞬こちらが戸惑う。数十年前は無料だったはず。
しかし、ここで、文句は言わない。可愛い年寄にならなければいけない。
まして、後輩達の晴れの舞台である。むしろ、寄付して援助しないといけない立場である。
二千円を渡す。
しかし、千円は
「いいです」
と丁寧に返された。
案内された場所は、残念ながら母校の応援席ではなく、バックネット裏であった。
『入場料分の席ということか?確かに、試合は良く見えるけど』
プロ野球ならいざしらず、できれば母校の応援席で一緒に声援したかった。
母校の応援席はというと、選手の父兄と急造の応援団。というより、三人のポンポン持ったチアガールだけ。見覚えのある校旗が、一応スタンドフェンスに貼ってはあるが、総勢30名位か。
ちょっと寂しい。
昔は、学ラン着た花の応援団もブラスバンド部があったはずだが、今はそんなもんは無くなったのか。それとも試合があることを知らないのか。
ちょっと寂しい。
しかし、そこは高校野球でも名のある強豪校ではない。むしろ、野球に関しては、まったくの無名校でいつも一回戦ボーイである。
いや、どちらかというと体力より頭脳の進学校である。
試合前の練習が始まる。
先生らしき監督がノックをする。ところが、緊張からか、ノックの球が前にとばない。
三塁手を指さしながら、打った球は二塁方向へいく。
『まあ、前にとべばいい』
しかし、とんできたゴロを二塁手がはじくと、今度は慌ててファーストへ投げる。
が、大暴投となる。
『大丈夫?』
ちょっと不安がよぎる。
結局、外野へまともなフライが上がることはなかった。
甲子園常連校のように、野球のために雇われた監督ではない。担当顧問が順番に回ってきた、どうみても国語か社会の先生だろう。そりゃあしかたない。
それでも、一連の練習が終わると、皆機敏にベンチ前で円陣を組み大きな声をだす。
『これこれ、気持ちいいねえ。ん?皆、髪長いし、坊主じゃないんだ』
時代も変わったもんだ。野球球児は決まって坊主頭だったが、今は長髪が主流なのか?
みれば、相手チームにも長髪がいる。
確かに、坊主じゃないとダメと言ったら、今どき部員も集まらないか。
しかし、今でも強豪校は皆、坊主だったような気がするけど・・まあ格好なんて関係ない。勝てばいい。でも、なぜかもう負けたような気がするのは自分だけか・・・
試合が始まる。
相手校の選手を見ると、身体は皆こっちより大きい。出身中学校は聞いたことのない県外の校名ばかり。野球が強いとは聞いてないが野球留学ちゅうやつ?
偏差値では勝っているものの、体力では明らかに負けているわと不安になる。と思いきや、よく見れば相手の選手の数はかろうじて10名しかいない。
『大丈夫?』
相手の事ながら、ちょっと心配になる。
一回表、こちらの攻撃。
相手ピッチャーの球は、予想以上に速い。だからか、多少のボール玉でも振ってしまう。
あっという間に三者凡退。
さて、こちらの投手。球は速くはないが、カーブが要所、要所に決まる技巧派ピッチャー。やっぱり、頭で勝たないと無理か。
しかし、相手もあっという間に三者凡退。
『ほ~、いい試合するじゃない』
一回の表裏終わって、
0-0
しかし、そこまでだった。
二回にはいると、急に慌ただしくなる。
いつも観ているプロ野球との差が、当然のことながら歴然と随所にでてくる。
ボテボテの三塁ゴロを、三塁手がバウンドにグラブが合わず後逸する。
一塁に出たランナーが、初球から果敢に盗塁を試みる。走ったと思った瞬間、キャッチャーが二塁に送球するが、これが大きく逸れて、ボールは転々とセンターではなくライト方向に。悠々と盗塁成功かと思いきや、ランナーは、一二塁間でつまずき転倒しているではないか。起き上がって二塁に着いたところで、ライトからボールが二塁手に返球される。
「アウト!」
『ん~、なかなか面白い試合するわ』
その後も、キャッチャー後方へ上がったフライをなんと、猛然とピッチャーが取りに行く。
ヒットを打った打者がそのままバットを持って一塁に走る。次打者がそのバットを受け取りに一塁まで行く。よく見れば、なんと、バットが3本しかない。大切に扱っているのか。確かに試合中、バットは一本あればいいのだが、
『バットぐらい、買ってやれや!』
と叫びたくなる。
まあ、グラブが一人一人あるのがせめてもの救いか。
エラー、暴投、交錯、転倒、落球、がこれでもかこれでもかと、お互い負けずに続く。
最初は苦笑していたが、なぜか、次第に必死になっている自分がいた。
球が飛ぶ度にひやひやの連続だったが、ゴロをちゃんと取れば、拍手。
アウトにすれば、さらに拍手。
フライでも取るものなら大拍手。
それが、こちらの選手だけでなく、相手の選手のプレーに対してもなぜか拍手をしてしまう。
結局、15ー13と計算が難しかったが、予想に反し、勝ってしまった。
今年は、これが最初で最後の応援と思っていたが、なんとまさか、50年ぶりに母校の校歌が聞きけるとは思いもしなかった。(半分は忘れていたが)
ホーム前で一列に整列して校歌を歌う後輩達と、ベンチ前でこれも一列になって校歌を聞いている相手校の球児たち。
まさに、皆泥だらけ。
惜しみない力一杯の拍手を送る。
眩しく汗を輝かせ、必死になって一つの白球を追う長髪の球児達。
「よく頑張った。ありがとう」
両校の球児達に野球の面白さと感動をもらい、颯爽と自転車をこいで帰宅した。
声を出して応援していただけなのに、まるで、自分があの時の高校生に舞い戻った気さえした。
まさに、そこは甲子園だった。
ただ、翌日は球児のような元気は残っていなかった。
目覚めた時は、既に昼近かった。
【Nate50作記念投稿】
なんと早いものでいつの間にか50本書いてしまいました。
軽やかに、筆が進むもことがあれば、何度もいったりきたりしたこともあります。
ただ、自分の思うがまま、好き勝手に書いてるだけですが、拙い作品に「面白かった」の一言が、ここまで続けられた原動力になったことは間違いないです。
これからも、よろしくお願いします。