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ワンシーン
なぜか、記憶に出てくるワンシーン。
いつもの生活を送っていて、ある行動をした時、ふと映画のワンシーンが脳裏をよぎることがある。
驚くような強烈なシーンや、感動した場面ではない。
どちらかというと、映像の中のほんの些細な目の表情や指先の動き、どちらかというと何気ない一言が多い。
寒い冬の朝。
起きて、洗面台に行く。
蛇口を開く。
流れ出てくる水に手を付ける。
「ひやっ!」
思わず手を引っ込め、蛇口のレバーをお湯の方に急いで傾ける。
しばらくすると、当然のように暖かいお湯が出てくる。
この時、必ず、韓国映画『愛の不時着』のワンシーンが出てくる。
北朝鮮から韓国にやってきた若い兵士が、近代化した高級マンションで過ごす。洗面台で蛇口をひねり、しばらく待っているとお湯が出てくる。
このことが忘れられず、北朝鮮に帰ってからも、蛇口をひねり、お湯が出てくるのを待っている。
しかし、当然ながらお湯は出てくることは無く、しかし、心の片隅でいつか出てくるのではないかと期待するシーンだ。
子供の頃、朝起きて顔を洗うのは家の外だった。
冬のあまりに寒い日は、蛇口が凍り、水さえも出なかった。
これ幸いと、顔を洗わず家の中に入った。
水が出ると当然ながら、冷たい冷たい水に、手を濡らさないといけない。
せめてもの抵抗感から、手の平ではなく、指先だけを濡らして、顔を洗ったことにしたことを思い出す。
今、蛇口をひねり、当たり前のように出てくるお湯に、改めて感謝する。
当たり前のことが、当たり前で無くなった時。
当たり前のことが、初めて当たり前ではなかったと、やっと気付く。
妙に心に残る、映画のワンシーンだった。