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ビールとお酒


ビール瓶の蓋を、なぜだか栓抜きでコンコンと叩き、蓋を開ける。
机の上にあるガラスコップに注ぐ。
泡が勢いよくあふれる前に注ぐの止める。
コップを持ち、一気に飲む、泡が口の周りについている。
「ぷは~」
実に美味そう。


一升瓶の酒を徳利に注ぎ、水を入れたヤカンの中に徳利を入れる。
ヤカンが沸騰すると徳利を出して、おちょこに注ぐ。
口びるをゆっくりとおちょこに近づけ、なめるように飲む。
「ん~」
実に沁みそう。

 いつも家族と共に囲んでいた夕食の場で、当たり前のように父親が酒を飲んでいた。
 子供ながら、お酒ってそんなに美味しいものかと思っていた。
 ある日、あまりに美味そうに飲んでいる姿を見て、
「美味しい?」
と父親に聞いたことがある。
「飲んでみるか」
と、ビールが入ったコップを私に渡す。
母親が、
「何を子供に飲ますの。止めなさい」
と制すが、あのうまそうな顔の誘惑には負ける。
両手で持ったコップを、恐る恐る口に運ぶ。
「に、にがー」
苦くて苦くて飲める代物ではない。
なにがこんなものが旨いものか。
コーラやジュースの方がよっぽど美味しい。
それ以来、酒やビールには全く関心を持たなくなった。

 ある日、テレビを見ていると、一人の父親が
「自分の子供が大きくなったら、一緒に酒を飲みたい」
と夢を語っていた。
「父ちゃんも飲みたいか」
と聞いたところ、
「ああ」
とそっけない返事。
だが、父親として、同じようにいつか息子と酒を酌み交わしたいものなんだと、子供心に感じた。

 あれから、何年経ったろう。
いつの間にか、父親以上にビールや酒を飲むようになった。
 ビールや酒の美味しさとは別に、勝手に思い込んだ父親の夢を叶えようとしたことが心の底にあったのかもしれない。いや、ちょっとはあった、と思う。


缶ビール、じゃない缶入り発泡酒のタブを引き抜き、栓を開ける。
父親が持っている大きめのグラスに注ぐ。
泡があふれる前に注ぐの止める。
「乾杯」
グラスを合わせ、一気に飲む、お互いの口の周りに泡がついている。
「ぷは~美味い。これ発泡酒なのに美味いね」
「ああ」


「飲むか」
と父親が言う。
こっくりうなずく。
二つのコップに、紙パックに入った酒を注ぎ、レンジに入れる。
『チン!』
箸でコップの酒を混ぜ、
「乾杯」
コップに口をつけ、ゆっくりと飲む。
「コレ、甘口だね。美味いわ」
 そして前々からいつか聞きたかったことを口に出す。
「いい息子と、こうやって酒を飲めて嬉しかろう?」
「アホ言え。俺の飲み分が減ってやれんわ!」
「え〜!そこ言う?!」

 今、酒が入ったコップを、そっと仏壇に置く。

#いい時間とお酒

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