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1月28日(2021年) 相川市長ありがとう

この日、オフィシャルサイトに出た清尾さんの投稿を見た。清尾さん同様、私も相川元旧浦和・前さいたま市長への感謝の気持ちが沸いて出た。

東京都で生まれ育ち、今なお在住している私が相川市長に最も接近したのは1995年のレッズフェスタの時。会場で挨拶する相川市長を見た。直接見たのは、その一回きりであり、後はテレビの画面を通じてであった。そんな私が相川市長に感謝の念を抱くのは、駒場スタジアムに関することである。

駒場はJリーグの開幕に合わせて改装を行なった。ただし、スタンドの収容人員は1万人(12,000人と書いた誌もある)。入場者数はいつも9千人台で、チケットが買えなかった私は、試合翌日の新聞に書かれた入場者数を見て溜息をつくのが常だった。ただ、芝は見事だった。「これは間違いなく世界最高の芝だ」「ここの芝はいいな」。駒場で試合を行なったチームの監督や選手の談話を数多く新聞などで見た。日本リーグ時代は、特に冬になると茶色くなるピッチが日本では当たり前の時代だったこともあり、駒場の芝は目立つ存在だった。

その駒場を浦和市は1年半後に改修することになる。内容は収容人員を2倍にするスタンドの拡張である。最初の改装で17億円をつぎ込んだところに、更に45億円の予算をつけたという。普通なら議会での反対、住民からの苦情が相次ぐところだが、この時、そんな動きは殆ど無かったらしい。収容人員の少なさでチケットが買えない問題の方が強かったという事だろうが、サッカーどころ浦和らしい現象だな、と私は思ったものである。この改装で私は駒場に行けるようになり、また高評価の芝の実現も、担当者の背中を押した一人が相川市長だったという事を、ある書物で読んだ。「相川市長、ありがとう」の気持ちでいっぱいだ。

相川宗一。浦和の歴史に大きく関わった人物の一人、と言って間違いないだろう。あらためて言う。「相川市長、ありがとう」。




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