見出し画像

何でもおいしそうに食べるひと。


何でもおいしそうに食べる人って、ずるい。

わたしは、何でもおいしそうに食べられない人なので、あの技術はとてもうらやましい。
もしかすると、昔よりはおいしそうに食べられるようになったかもしれない。
子どもの頃よりは、「おいしい」と感じるものが増えたし、「おいしい」と思って食べる方が、美味しいということも分かってきたので。


いや、しかし。
親になって、子どもの隣で食べていると、やれこぼすだの、口を拭けだの、落とすな、触るな、投げるな、座れだの。
落ち着いて食べている暇はない。


ときどき、パニックになりすぎて、頬に箸を刺すときがある。
箸で肉をつまんで、ヒョイと食べようとした矢先に、隣の次男が牛乳をこぼしそうになったときなどに起こる。

「こぼすって!」と勢いよく左を向く。
しかし、箸はそのままわたしにまっすぐぶつかってくる。
ぽろん。肉は、落ちる。
ああ、もうこりゃいかんな、と笑えてくる。

おいしそうに食べる前に、まずは落ち着いて食べられるようになりたい。


夫も、長男も、「おいしそうに食べる人」かどうかと言われたら、NOだろう。
夫なんて、何を食べても表情は変わらない。
好きなものを食べるときや空腹のときは食べるスピードが速いし、そうでないときのスピードは遅い。
それだけだ。
「美味いね」とかも言わない。

長男も、あまり食に興味がないため、子どもらしいウキウキとした雰囲気は出ていない。
最近、冷凍の唐揚げをチンして並べておいたら、「これけっこう美味しいね、もう一個」と言うので、おどろいてしまった。
「君も、そんな感情あったんだ…」と軽くショックを受ける。
生協の冷凍唐揚げの実力を、思い知る。

次男だけは、わりと食べることが好きそうで、果物などはけっこうおいしそうに食べる。
冷蔵庫の野菜室から勝手にりんごやいちごを持ってきて、「たべよおねえ」と自分に許可を出しながら、椅子に座ってかじっていたりもする。
食い意地がすごい。
唐揚げも、ラーメンも、トンカツも、手羽先も平気で食べる。
居酒屋のおっさんのような姿勢と食いっぷりだ。

しかしそれはまた、わたしの思う「おいしそうに食べる人」とはちょっと違うのだ。

わたしのうらやむ「おいしそうに食べる人」は、もっと幸せそうなのだ。


◇◇◇


彼らは、食卓についたときから、幸せオーラを放っている。
そわそわ、うきうきと体を揺らし、「いただきまーす」と声高々に、ちゃんと手を合わせて言うのである。

それから、勢いよく食べ始める。
行儀よく、しかしがつがつと。
もりっと口に詰め込んで、もぐもぐと噛む。

そのときの、顔のほころびったら。
花が飛ぶような、満面の笑み。
しかし口は、ちゃんともぐもぐと噛んでいるという不思議。
これが、わたしの思う「おいしそうに食べる人」である。
もちろん、「おいしい、おいしい」と言って食べるのだろう。


そんな漫画みたいな人、いる?」と言われそうだが、けっこういる。
女の子だろうと、男の子だろうといる。

学生時代、いっしょに暮らしていた友達もそうだった。
彼女は、何を食べてもニコニコとしていたし、酒を飲ませても、それはおいしそうに飲んだ。


男の子の方は、「おいしそうに食べる人」の代表みたいな子だった。
学生時代、ゼミがいっしょで、飲み会で向かいの席に座ると、彼の「おいしそうに食べる」っぷりが堪能できて、楽しかった。

隣のB君は、「そんなガツガツ食うなよ」と呆れていた。
いやいやいや、どうしてどうして。
止めないでよ、ほらどんどん食べて。

べつにわたしがふるまっているわけではないのだが、そう言いたくなるくらい、気持ちのいい食べっぷり。
少食で、食わず嫌いで、「食べる」に力を注げないわたしにとって、彼は憧れの存在だった。
彼の発する「おいしい」は、幸せを分けてもらっているようだった。

よく女子で集まって、「美味しそうに食べるA君と、おしゃれな名店に連れて行ってくれるB君と、どっちがいい?」と下世話な話をした。

わたしは、断然A君。
名店など、どうでもいい。
それよりも、安い飯でも、ヘタクソな手作りクッキーも、「美味い美味い」と言ってくれるような人といるほうが、絶対絶対幸せだよって。

でも、そうやって熱弁するたびに、「なに?A君が好きなの?」ときゃあきゃあ言われた。

ちっがーう!!!
そういうんじゃないんだって。


この話をするたびに、結論が「恋」に結びついてしまって、その分かってもらえなさにわたしは憤慨するしかないのだった。


◇◇◇


何でもおいしそうに食べる人。

わたしは多分、一生そんな人にはなれない。
だから、身近な友人にひとりくらい、そんな人がいてくれたら嬉しい。

食べる気力もわかないくらい、落ち込んでいるとき、「おいしそうに食べる人」に電話をかけて、いっしょにご飯をしようと誘うのだ。
そして、その人が幸せそうに食べているのを、黙ってただ見せてほしい。
けっこう元気が出ると、おもうんだけどな。

募集、ご飯に誘ったら来てくれる友。
条件:何でもおいしそうに食べる人。



いいなと思ったら応援しよう!