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【創作】朝起きたら、鬼になっていた。


朝起きたら、鬼がいた。

ひとりじゃない。

ご飯を食べている鬼、テレビを見ている鬼、「早く支度しな」と小言を向けてくる鬼がいて、ぼくは寝ぼけているんだと分かり、急いで顔を洗おうと洗面所に向かった。
そこで鏡を見たら、また鬼がいた。

小鬼だ。
青色の小鬼。
服だけは見慣れたパジャマで、いつもぼくが着ている水色のやつだった。

つまり、鏡にうつる鬼は、ぼくだ。



___鬼になっちゃった。


あまりのことに声が出ないまま、顔を洗っていると、後ろからテレビを見ていた鬼が「行ってきまーす」と言って、玄関を出て行った。

出て行ったあと、ぼくに小言を向けていたはずの鬼が「しまった!ミサキに今日塾の迎えがいるのかどうか、聞くの忘れた!」と言って、テーブルの上の携帯を持ち上げた。

それは、お母さんの携帯なのに。
つまり、この赤鬼は「お母さん」だ。

ということは、さっき出て行ったピンクの鬼が「ミサキ姉ちゃん」で、ご飯を食べて、皿をシンクに運んでいる緑鬼が「お父さん」だ。


__なんてことだ。
ぼくの家族、全員鬼になっちゃった!!


ぼくは、どうしたらいいか分からなくて、わなわなと震えながら、黙って席についた。
ショックで、声が出ない。
しかし、人間はショックが大きすぎると、かえって冷静になるものだ。

ぼくはそのまま、いつもどおり皿に置かれたパンと卵を食べて、お父さんらしき緑鬼を見送り、お母さんらしき赤鬼に急かされながら、家を飛び出した。


だめだ、何も言い出せなかった・・・。


ランドセルを握りしめながら、集合場所に駆けこむと、リョウタに「おはよー!」と言われた。

当然のように、リョウタも鬼だった。
黄色い、元気そうな鬼。
一発でリョウタだと分かってしまったぼくは、おもわずうめいた。


「なんだよ?」

「いや、なんもない」

「今日エミちゃん休みだって、もう行こうぜ」

「おう」


あわててリョウタについていく。
歩道を進みながら、あたりをよく見れば、誰もかれもが鬼だった。
スーツを着た鬼、女子高生鬼、駐車場の幼稚園バスから降りてくる先生も、乗り込む園児たちも、みんな鬼だ。

鬼、鬼、鬼だらけ。
赤色、青色、黄色に緑。
実にさまざまな鬼がいて、ツノの数や形、髪の毛や歯もそれぞれ違う。
強面の鬼もいれば、かわいらしい子どものような鬼もいる。
服装が人間と同じせいもあるけど、どこからどう見ても「人間」と変わらない。
一人ひとりに個性があって、それを「おかしい」とは疑わない。
ぼくたちの社会が、まるごと「鬼」にすり替わっただけだ。



リョウタの話を適当に聞き流しながら、あたりをキョロキョロ見回していると、いつのまにか学校についてしまった。

校庭には、たくさんの小鬼。
教室にも鬼。
クラスメイトも、先生も、鬼。

リョウタは教室に入ると、さっさと別の友達(というか鬼)のところへ行ってしまって、ぼくは呆然としながら、自分の席で、ランドセルの中身を出した。



ふと、黒板の端っこに目が行く。

「2月3日」。
今日は「節分」だ。
___そうか、だから鬼なのか!


ぼくは、納得しそうになって、首をふる。
いやいや、おかしい。
「節分」ってべつに、「人間が鬼になる日」じゃないから。

「節分」は、ぼくたちが鬼に、豆を投げる。
「おにはーそと!ふくはーうち!」って言いながらね。


朝の会が始まって、先生が時間割を指さしながら言った。
先生といっても、オレンジ色の鬼だけど。

「今日の3,4時間目は、昨日言ったとおり、体育館で「節分大会」です。
地域の人も来られて、たくさんの豆が配られるので、みんなで鬼をやっつけようね」


わいわい、どよどよ。
盛り上がる鬼たち。
1年生が一年間ずっとやってきた地域交流の授業で、「節分」をやるって話があったのを忘れていた。

しかし、鬼が「節分」で豆をまくなんて、なんだかおかしいような。
鬼の役は、地域の人がやってくれるのかな。
その人も、「鬼」になっちゃってるんだろうか・・・。



3時間目になり、クラス全員で体育館に向かうと、そこにはお年寄りっぽい鬼がたくさん待ち構えていた。
「さあ、豆まきの準備だ」と言いながら、お年寄り鬼は升に豆を入れて、配ってくれた。


「先生!鬼は誰がするんですかあ!」


リョウタがたずねる。
鬼が、「鬼は誰がするんですかあ!」って。
ぼくは、頭がこんがらがった。

すると、先生が「すごいお面があるのよ~」と言って、袋からいくつもの面を取り出した。

「きゃあー!リアルー!」「こわいー!」と女の子の何人かが叫ぶ。
お面は、先生の手から、お年寄りの何人かに渡された。
お年寄り鬼たちは、「あはは」と笑いながら、それをよいしょとかぶった。

みんなが笑った。

____笑っていないのは、ぼくだけだ。



「・・・それ、鬼じゃないよ」



ぼくが小さい声でそう言うと、となりのリョウタだけが「え?」という顔をした。

ぼくはもう一度、「鬼じゃない!」と言った。
さっきよりも、少し大きな声が出た。
何人かが、ぼくの方を見て、不思議そうな顔をした。


「それは、人間だよ・・・!」


ぼくは、お年寄り鬼のほうを指さした。
お面をかぶったその鬼は、どう見ても「人間」だった。
リアルな「人間」のお面をかぶっている。
__いや。
もはや、お面をかぶっているようには思えない。
あまりにもリアル。
あまりにも「人間」だ。

しかも、その「人間」の顔は、とてつもない恐怖の表情をしていた。
これから、豆をぶつけられ、追い回されることを恐怖する顔。
おそろしくてたまらない、という苦痛の顔。
それなのに、なぜか声だけが「よおし、準備いいぞ!」と笑っている。

不気味だ。
こわい。

ぼくは、手が震えて、豆を全部落とした。



その瞬間、ピーッと先生の笛がなった。
みんなが一斉に、豆まきをはじめた。

「おにはーそと!」「ふくはーうち!」
声が飛び交う。

小鬼たちは、大きく口をあけて笑いながら、いさましく「人間」に豆をぶつけた。
人間は「わあ!」とか「ひい痛い!」と言いながら、体育館中を走り回って逃げた。
ひょうきんな走り方をしているのに、顔は悲痛で泣いていた。



ぼくはその「人間」から、目が離せなかった。
そして、豆を投げて笑うみんなのことが、信じられなかった。
先生まで。
オレンジ色の鬼は、「おにはーそと!」と言いながら、大量の豆を「人間」にぶつけた。
異様な光景だ。
こんな豆まき、見たことがない。



「おい、投げないの!?」
リョウタがやってきた。

すでに升が空っぽになったリョウタは、はあはあ言いながら、ぼくが落とした豆を「いらないなら、ちょうだい」と言って拾った。



「・・・ぼくは、投げない」

「なんで?」

「だって、かわいそうだろ」

「かわいそう?鬼なのに?」

「泣いてるじゃん」



ぼくが俯くと、リョウタは「え、マジ?」という怪訝な顔をした。
ぼくの顔をのぞきこんで、もう一度「え?本気で言ってる?」と聞き直す。

ぼくがうなずくと、リョウタは豆を全部拾って、少し黙り、急にこわい顔をした。
そして、手をあげて、大きな声で叫んだ。


「せんせえー!こいつ、豆まきしないって言ってまあす!鬼がかわいそうだからってー!」




どよどよ。
会場の熱気が少し静まり、全員の視線がぼくに集まる。
ぼくは、意固地になって、俯いたまま、こぶしを握った。
リョウタめ。
なんで、こいつ今日、こんなにつっかかってくるんだろう。
いつもならもっと、___いや、今はそんなことはどうでもいい。

「ぼくは、泣いている「人間」に豆をぶつけて、笑っていたくない!これはいじめだ!」


みんなが、ぼくから少し離れたところで立ち止まって、ぼくを取り囲んだ。
ひとり、包囲されたような気持ちになる。
先生が言った。

「ほんとうに?豆まきしないの?」

「しないです、こんなのおかしい・・・!」

ぼくがそう言って目をつむると、リョウタが「はあ!?」と苛立った声をあげた。


「おかしいのはお前だよ!何だよその顔!」



__えっ?

顔?


ぼくがハッとして顔をあげると、女子たちが「きゃー」と悲鳴をあげた。

みんながぼくの顔を見る。
ぼくは、両手で頬をさわった。
なめらかな頬、鼻、口。
ああ、いつものぼくの顔。

「人間」の顔だ!



「お前鬼だったのかよ!おにはーそとー!!」

リョウタがぼくに、思いっきり豆をぶつけてきた。
おもわず腕で顔を覆う。
痛い。
別の方からも「おにはーそと!」と声がして、豆がとんでくる。
小さい豆でも、当たると鋭い痛みが走る。
ぼくは、目をつむった。


「おにはーそと!」

「おにはーそと!」

その声は、どんどん積み重なっていく。
四方八方から豆がとんできて、全部がぼくに当たった。
おもわず、しゃがみこむ。

容赦なくあびせられる豆。
そして「おにはーそと!」の声。
誰が投げているのかなんて、分からない。
目もあけられない。


ぼくは、ぼくは「人間」なのに・・・!



おにはーそと!

おにはーそと!!

おにはーー!そとーーーー!!!!






__そこで、ハッと目が覚めた。


朝だ。
ぼくは、布団の中にいた。
べったりと汗をかいていて、起き上がると目から少し涙があふれた。

カーテンの隙間からは、薄暗い朝の空が見える。
時計を見ると、6時半。
いつもどおりの、朝だった。



「レイー、もう起きたー?」


階段の下から、お母さんの呼ぶ声がした。

「起きたー」と声を出す。
でも、その声はかすれて、うまく届かない。
仕方なく、よろよろと立ち上がり、部屋を出て、リビングにいくと、ご飯を食べているお父さんと、テレビを見ているミサキ姉ちゃん。
それから「早く支度してよ、もう」というお母さんがいた。



「・・・ねえ、今日って、節分?」

ぼくがそう言うと、お母さんはカレンダーを見て、「ええ?」と言う。


「節分は昨日。ほら、今年は2月2日が節分って書いてあるじゃない」

「豆まきしたっけ?」

「いい年こいて、豆まきしたかったの?リョウタくんと、校庭でやったら?」


そう言うと、お母さんは「ほら早く」と言わんばかりに、ぼくの背中に手をあてて、グイッと洗面所に押しやった。
ぼくは、鏡を見る。

寝ぐせのついた黒い髪、一重の目、白い頬、への字に曲がった口。
いつものぼくの顔だ。

ぼくは、顔を洗って、席について、パンと卵を食べた。
ミサキ姉ちゃんが「いってきまーす」と出て行って、そのあとお父さんを見送った。
お母さんに押し出されるように、家を飛び出し、集合場所へ行くと、「おっはよー!」とリョウタが言った。



「・・・昨日最悪の夢見たよ」

「えー、マジ?何の夢?」

「お前の夢」

「俺ぇ!?なんで、いい夢じゃん!」


リョウタがゲラゲラと笑うので、ぼくも笑う。

「今日もエミちゃん休みだって」とリョウタが言って、二人で学校に向かった。
スーツの人、女子高生、駐車場の幼稚園バスの先生も、園児も、みんな「人間」だった。
学校の校庭にも、教室にも鬼はいない。
先生は、オレンジの鬼じゃなくて、いつもの佐伯先生。
地域交流なんてなくて、日曜日が「節分」だったからか、給食に豆が出た。

個包装の袋に入った、薄茶糸の豆。
リョウタがかじりながら「豆まきとかしたあ?」と聞いて来たので、「してない」と答えると、「校庭で投げる?」とリョウタがニヤついた。


「・・・いや、豆まきはしない」

「えー、なんで?おもしろそうなのに」

リョウタが口を尖らせた。
ぼくは、袋の中の豆を口の中に放り込んだ。
バリボリと、勢いよく固い豆を噛む。
がりがり、ごりごり。


「食べたほうが美味いじゃん」


ぼくがそう言ってニヤリとすると、リョウタは「たしかに!」と言って、袋を豪快にあけると、入っていた豆を全部口の中に流し込んだ。



【終】

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