わたしのための、ポタージュスープ。
大きな口で食べるというのは、なんと贅沢なことだったのか。
今のわたしは、ひとかけらのパンケーキすら、受け付けない。
口が開かないのだ。
「親不知」を、抜いたから。
右の上下、下の歯は横向きだった。
「全然痛くなくて、抜いた日に唐揚げ食べた」と友達が笑っていたから、なーんだそれならイケる、と思っていたのに。
なにが唐揚げだよ。
唐揚げなんて、入るわけないだろ。
盛った?話盛ったか?なあ。
と、そんな口なので、ろくなものが食べられず、3日間、スープ中心で過ごしている。
粉を入れたらできる、クノールのコーンスープ。
浮いているクルトンが、意図せず口に侵入してきて、ほら、噛んでみろよ、と舌の上で暴れる。
しかたなく、クルトンが入る隙間もないくらい、前歯でガードして、スープをすする。
まるで、溝にはめられている、落ち葉が詰まらないようにしてある柵みたいだ。
情けない顔で、行儀悪くズズ‥と吸いながら、他のものが食べたい」とおもった。
そう。
市販のスープに、飽きてきたのだ。
おかゆも、ホットミルクも、もういい。
そろそろ、手作り感のあるものが食べたい。
ここ数日、わたし自身は食べられないのに、家族のご飯を作ってばかりで。
手の込んだ流動食なんて面倒だと、自分は後回しになっていた。
なんでわたしは食べられないのに、わたしがご飯作ってんだよ!と、だんだん気持ちがやさぐれてきていた。
今日こそは、わたしの番だ。
噛まずに飲み込めるくらい柔らかいのに、あったかくて、美味しいやつ。
__そうだ、野菜スープをつくろう。
さっそくレシピを調べると、ミキサーがなくても作れるポタージュが目に入り、それに決める。
ポタージュ。
あの、とろとろの舌触り。
ポタージュスープは大好きなのに、ミキサーやブレンダーを一切持っていないので、「わたしはポタージュを作る人間にはなれないんだ」と諦めていた。
手間暇かければ、作れるんだろう。
けど、その手間暇に見合うものを作れる自信もないし。
でも、今日は作るぞ!
いろいろ見て、なるべく簡単そうな「じゃがいものポタージュ」を選ぶ。
じゃがいもはチンして潰せばいいし、玉ねぎはすりおろせばいいとな。
うん、これならできる、できる気がする。
ちょうど、次男が台所で水遊びをし始めたので、その横で具材を切る。
芋を切るより、次男に注意する方が忙しい。
玉ねぎをすりおろす「ザリザリザリ」という音の、あまりの激しさに、次男が大爆笑した。
笑って、水入りのカップをふり回すので、慌てて静止する。
やれやれ。
すりおろした玉ねぎと、柔らかくつぶしたお芋と、お水、牛乳、コンソメを鍋に入れ、コトコトと火にかける。
荒く潰しただけなので、どうしても粒が浮かんでいる。
なめらかなポタージュとはいかなさそうだ。
でも、いい匂い。
キッチンにいい匂い広がると、なんだか嬉しい。
ポタージュを煮込みながら、ミキサーのことを考える。
そういえば結婚前、夫がミキサーをプレゼントしてくれたことがあった。
オレンジ色の小ぶりなミキサー。
わたしが何気なく、「こういうの欲しい」と言っていたのを、彼はきちんと覚えていてくれた。
でも、そんなキュートなミキサーを、料理下手なわたしがうまく使いこなせるワケもなく。
一緒に住むことが決まったとき、もう使わないから、とあっさり捨ててしまった。
あれから、10年近くたつ。
子どもができ、料理の腕が上がり、今もう一度、ミキサーを欲しくなっちゃっているワタクシ。
でも、夫からのを捨てたのに、また新しいミキサーを買い直すなんて、なんだかしのびない。
きっと夫は、何も言わないけど。
ミキサー、また買ってやろうかしら。
‥いや、やめておこう。
きっとわたしはまた、ミキサーを持て余す。
だってほら、このポタージュだって。
粒の荒いスープだけど、じゅうぶん満足しちゃってるもの。
そうこうしているうちに、スープも出来上がり、同時にシンクまわりもびしょ濡れに。
もう、やめだ、やめ!!
次男に水遊びは終わりだと告げると、不満そうな顔をしたが、かれこれ30分は水浸しになっていたおかげか、案外すんなりと受け入れてくれた。
次男の濡らした床を、シンデレラのごとく拭きまくる。
まったく。
いつもなら、「なんでこんなこと」とイライラするところだけど、今日はしない。
どうしてだろう。
‥ポタージュスープのおかげだろうか。
わたしが、わたしのために作ってあげた。
あったかい、じゃがいものポタージュスープ。
今晩は、これを食べて寝る。
それを思うと、ウキウキする。
とろけるようなミルキーなスープ。
左頬だけでそれを味わい、噛まずに飲み込む。
それだけで、ほっと気が緩む。
ポタージュを飲む夜のことを想像していたら、右頬の痛みもちょっとマシに思えたような。
やっぱり、そうでもないような。
いてて。
噛めない生活が、しばらく続きそうだ。
噛まなくていいスープやごはんの作り方、どなたか教えてください、ほんと。