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3つの小話「洗濯」

横長の箱に3つ並んだ、チョコレート。

一粒では物足りないのに、3つだとなんとなく、オシャレでお得な感じがする。
気分に合わせて選んでもいいし、全部まとめて食べてもいい。
おなじ種類が3つよりも、ミルク・ホワイト・ブラックみたいに、違う味だともっと嬉しい。

この『3つの小話』は、そんな3点セットだ。

おなじテーマだけど、味が違う。
一口で食べられるくらいの短い話。
どこからでも、どれかひとつでも。

___お暇のお供に、つまんでもらえたら。


「ドラム式洗濯機」

子どものころは「二層式洗濯機」だった。
洗うところと脱水するところが別の、昭和チックな洗濯機。
母が、びしゃびしゃと音を立てて、水浸しの洗濯物を隣の穴に移し替えていた。
うろおぼえの記憶なので、はたして「二層式洗濯機」が、本当にそんな仕組みなのか分からない。
なんせレトロな洗濯機だった。

そのあと、縦型のよくある洗濯機になる。
狭い脱衣所の隙間にあって、ゴインゴインとうるさかった。
洗濯機の上についた乾燥機もうるさかったので、「洗濯機ってコワイな」と思っていた。
洗濯機にぬいぐるみを入れると、粉々に切り刻まれると信じていたので、お気に入りのクマもウサギも、洗濯機には近寄らせなかった。

新居を建てたあと、父が「ドラム式洗濯機」を買ってきた。
ドラム式はすごいのよ。
中が見えるし、速いし、いっぱい入るし、乾燥もできるし。
当初、母は満足そうにそう言っていたが、わたしたちが大量にタオルを使うと「何度も回さなきゃいけん!」とぷりぷりした。
「べつに、洗濯機が洗ってくれるんだからいいじゃん」と、風呂のたびに3枚もフェイスタオルを使っていた思春期のわたし。

今、「洗濯をする側」になって、分かる。
タオルは、一枚でも少ないほうがいい。
うちのドラム式洗濯機は毎日パンパンで、いつも苦しそうにガタガタ揺れている。
いつか、ドアが勢いよく開いて、びしょびしょのタオルが飛び出してくるんじゃないか。
毎晩、ごめんごめんと思いながら、洗濯機の大きな口に、タオルを何枚も放り込む。

◇◇◇

「せんたくかあちゃん」

『せんたくかあちゃん』という絵本がある。
肝っ玉母ちゃんが、毎日山のように洗濯をして、木々のあいだに所狭しと服を干すのがおもしろかった。
とうとう、雨を降らせる鬼までやってきて、かあちゃんはその汚い鬼をタライに突っ込み、ゴシゴシと洗ってしまうのだ。
鬼は綺麗になって、干されて、伸ばされて、ピカピカになる。
汚い顔は消えてしまったので、子どもたちがかわいい顔を描いてやると、それを羨ましがったほかの鬼たちが、こぞって洗われにやってくるのだ!
その数ったら。
まあ、空が埋め尽くされるほどの鬼、鬼、鬼。
でも、かあちゃんはドンと胸をたたく。
「そらきたっ、まかせときっ!」。

そのすがたが、頼もしいやら、おかしいやら。
読み終えたあと、すっきりと気分爽快になるこの絵本の「かあちゃん」が、どう見てもうちの母親にしか見えなくて、わたしはよくそれを母に言った。
母はそのたび、「まあ」と声をあげた。
あの「まあ」って、どういう気持ちだったんだろう。



◇◇◇


「心の洗濯」

あるYouTube配信者が、言っていた。
「忙しくて疲れているから、作業がすんだら早く寝た方がいいのはわかってる。
でも、夜更かししてでも、仕事と無関係の動画を見たり、アマプラつけたりする時間が俺には必要だ。その時間がないと、頑張れない。
あの時間は、”心の洗濯”なんだ」。

ほお、なるほど。
「心の洗濯」、たしかにうまい言い方だ。
育児や家事で疲れているとき、早く布団で横になれば、たしかに体は休まるだろう。
でも、そうではなくて。
自分で自分を、満足させてやる時間。
やらねばならないことに追われて、そのまま一日を終えるのではなく、自分のペースで好きなことを、好きなようにするあの時間が、元気のためには必要なのだ。
あの満たされる時間は、たしかに心が洗われている感じがする。
薄汚れた灰色のモヤみたいなのが、ざぶざぶ洗い流されている感じ。

無駄なようで、無駄じゃないんだ。
「洗濯」は誰でも、必要だもんね。

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