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映画レビュー:やられてもやり返さない。こどもの喧嘩から学べることはこんなにある『ぼくたちの哲学教室』

久しぶりにドキュメンタリー映画を見た。『ぼくたちの哲学教室』(共同監督 ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ/配給 doodler)だ。国内外の映画祭で数多く受賞したと聞き、前評判の高さに期待が膨らんだ。

私は、あえて舞台設定やあらすじなどの前情報を何も知らない状態で見に行った。

映画の冒頭で、つるピカ頭のスーツを着た恰幅のいいおじさんが、BGMに合わせてご機嫌に愛車を運転して登場する。例えて言うなら、孫の誕生日会や、妻とのデートや、仲間うちのパーティーなど、テンションのあがる楽しい場所に遊びに行く途中のようなウキウキとした雰囲気だ。だが到着したのは学校。「ホーリークロス男子小学校」。彼はこの小学校の校長ケヴィン・マカリーヴィーだ。

小学校男子であれば、多少のやんちゃな行動は許されるものとは思うが、この小学校の子どもたちはとても情緒が不安定そうに見えるのはなぜだろう。日本の小学生とは何が違うのだろう。

映画を見るとその理由がわかる。それは映画の舞台となるベルファストは、北アイルランド紛争により、プロテスタントとカトリックの対立が長く続いた場所で、町の中には南北を分離する「平和の壁」が存在している。ただ、一部の武装化した組織が今なお若者たちを勧誘していて、いつ治安が悪化してもおかしくない状態なのだ。
彼らの両親は、暴力が横行し、家が燃やされ、人が死ぬのを目のあたりにした世代だ。だから子どもにも自分の信念を押し付ける。「やられたらやり返せ」
そんな今なお秩序が不安定な町に、子どもたちは住んでいる。

戦争と暴力の匂いが消えない町で育った子どもたちに、怒りをコントロールするための哲学を教えているのが、ケヴィン校長だ。
彼は4つのRを子どもたちに教える。「Reflect=考える」「Reason=理解する」「RespondR答える」「Re-evaluate=再評価する」
決して喧嘩をした生徒を頭ごなしに怒るのではなく、自分で考えさせて、解決まで導く。
子どもたちは、最初は怒りと悲しみで感情的になっているが、ケヴィン校長と哲学的な思考を繰り返すうちに、次第に落ち着きを取り戻し、自分がなぜそういう行動をとってしまったのか考え、理解し、後悔し、自分がなにをすべきか答えを導く。

私はこの映画を見ながら、自分が子どものころのことを思い出していた。男子の場合はふざけて喧嘩に発展するケースが多かったと記憶している。女子は、今から考えると発達障害の同級生に対して軽いいじめのようなものはあったと思う。

教育現場はと言うと、加害者が、先生からげんこつで頭を殴られて「はい。この話はおしまい」という指導方法だった。体罰による抑え付けだけで、加害者の子どもが心から反省することはない。また、被害者の子どもに誠心誠意謝る気にもならないだろう。喧嘩が根本的に解決する方法とは思えなかったが、昔の田舎の学校はそんなものだった。
子どもたちも、心に芯を残しながらも、時間がたてば芯は体に吸収されて、忘れ去られて、元通りになっていった。親からクレームが来ることもなかった。先生が偉いと崇められていた時代だからこその教育法だと思う。

今の日本はどうだろうか。
教師から子どもに体罰を与えることは厳しく禁じられているが、それでもケヴィン校長のように、子どもに思考させて話し合いで最終的な解決策までたどり着くような教えには至っていない。

こういう指導は、大学生や大人になってから受けるよりも、思考の柔軟性がある子どものうちから受けておくことで、より哲学的な考え方が学べるのだと思う。もし可能であれば、日本の小学校でも低学年のうちから哲学を学ぶことで、相手のことを深く考えられるようになり、将来的にもいじめが減るのではないかと感じた。
日本でも2010年以降、哲学の授業が出張で行われている学校があるそうだが、それは都心の一握りの私立学校だけだ。基本的に日本では大学に入らないと哲学について学ぶことができない。
非常に残念なことだ。

哲学の授業を受けられない代わりに、大人たちは自分の子どもを連れて、『ぼくたちの哲学教室』を見せてほしい。
ケヴィン校長先生の言葉を借りるなら、「やられたらやり返せ」ではなく、4つのR、「Reflect=考える」「Reason=理解する」「RespondR答える」「Re-evaluate=再評価する」を学ぶ場にしてほしい。
そうすれば、自分がしていることの善悪を判断したり、自分が問題に突き当たったときに自分で正しい方向へ解決したりする一助になると思う。

私が訪れた映画館では、すでに上映期間の延長が決まっているということだった。この映画が少しでも多くの人に見てもらい、日本人がもっと哲学に触れる機会になればいいと思う。

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