Apple Watchの祖先iPod nano Watch
初代Apple Watch 42mmステンレススチールモデルを今も使っている人は、もうほとんどいないかもしれない。
話は2010年頃にさかのぼる。いまや最も完成度の高いスマートウォッチの一つとして誰もが当たり前につけているApple Watchだが、このApple Watchが生まれる以前、超小型カラー液晶のタッチディスプレイを搭載したiPod nanoをサードパーティ製バンドによって腕時計化した、いわば「iPod nano Watch」は、私のお気に入りのガジェットだった。
その頃、Appleによる純正ウェアラブル端末の誕生は、すぐ目の前なのではと世界中で噂されながらも、Appleは沈黙を守り続けていた。
AppleがiPod nanoを腕時計のようにユーザーがカスタマイズして使うことを前提として公式に認めていたということは、実際iPod nanoのホーム画面の中に、あらかじめ純正デザインによる腕時計の文字盤を模したものを複数用意し提供していたことから公然の事実であった。
iPod nano WatchはApple Watch誕生前夜の、Appleによって最後まで名付けられることなく生まれ育った、限りなく公式に近い非公式のウェアラブル端末だった。それはそれで1,000曲もの音楽やPodcastを保存し持ち歩いて再生することができたし、iTunesを経由して本体のiPhoneと同期することで、iPhoneと同じ画像を小さなディスプレイの中で表示することができた。さらにはジャックに刺したインナーイヤホンの有線をアンテナとして利用するFMラジオを内蔵し、傾きセンサーを利用した万歩計まで備えていた。iPod nano Watchは腕時計として身に付けることができる初めての簡易フラッシュメモリーであり、現在のスマートウォッチの祖先ともいうべき存在であった。
2015年頃、既にスティーブ・ジョブズ亡き後、ジョナサン・アイブによってデザインされ、本人によって吹き込まれた商品紹介映像のナレーションとともに日本時間の深夜2時過ぎ、ついに発表された初代Apple Watch。その姿を布団の中で横になりながらiPhoneの画面の中で初めて見た時、眠気がいっぺんに吹き飛んでしまった私は、iPhone3Gを彷彿とさせるそのデザインを一瞬で気に入ってしまった。
半年間お小遣いを貯めて買った初代Apple Watchは、ステンレススチールモデル。けして安くないこのデジタル機器は意外なほど頑丈で、贅沢にも高硬度のサファイアクリスタルを使用したディスプレイは約9年を経過してもさすが傷ひとつない。
Appleは、発売からわずか1〜2年で初代を払拭するようにバージョン2を発表し、さらに1〜2年で Watch OSのバージョンアップを重ねながらも容赦なくアップデート対象から外して、私のApple Watchはあっという間に陳腐化を余儀なくされた。
私の初代Apple Watchは2024年末の現在、もともと1日もたなかったバッテリーがさらに劣化し、半日に一度の充電を必要とするようにはなったが、今も動き続けている。
以前から、毎日充電するなんてとんでもない手間だと思う人が多いのを知っているが、機械式腕時計のとくに手巻き式を知っている人なら、毎日就寝前に外した腕時計の竜頭を巻いておくようなものだと思えるかもしれない。
通常、建材に利用されるという純正フロオロエラストマー製バンドの性能は、長い年月をかけて完全に証明された。一般的なウレタンバンドにありがちな加水分解などの経年劣化がなく、いまだに手触りよくやわらかな弾力が失われていないのは驚異的である。
一方でApple Watchには、たくさんのサードパーティ製バンドが生まれ、ユーザーの多くが気分によって気軽にバンドの付け替えを楽しんでいる。市場は着実に成長し、Apple Watchはお金を払い誰もが簡単に手に入れることができる、最も知名度の高いスマートウォッチとして、すっかりユーザーのものになった。待ち焦がれ、夢にまで見た名もないガジェット、まだ見ぬワクワクするような未来の機械ではなく。
いまや老いも若きも誰もがApple Watchを着けていて、安価で似たようなスマートウォッチがたくさん出回っている。しかし残念ながら、次々と登場するApple Watchの最新モデルを購入しようとは、私は思わない。私には初代Apple Watchが登場した時のあの感動があるし、いまやスティーブ・ジョブズも、ジョナサン・アイヴもAppleにはいない。いつまで使えるか分からないが、初代Apple Watchが動かなくなるまで使い続けていくつもりである。