【創作大賞2024恋愛小説部門】早春賦 #11「モクさんの過去」
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若葉とつぼみとモクさんの三人体制になって、お店はうまく回るようになった。
つぼみは五人兄弟の二番目で、たくさんの親戚に揉まれてきたとあって、人柄がよく練れている。いつも明るくハキハキとし、よく気が付き、しかし決して出しゃばらない。若葉の至らない点をさりげなくフォローしながらも、若葉を立ててくれ、距離感を間違わない。こんなによく出来た子がうちの店に来てくれるなんて、幸運な巡り合わせだ。
それにつぼみは、若葉の可愛らしい弟とほぼ同い年だ。この年頃の子は、何が好きで、どんなことを考えているのだろう。若葉は、つぼみ世代の生態に興味津々で、つい色々と尋ねてしまう。つぼみも喜んでユーモアたっぷりに教えてくれる。
この子となら、うまくやっていけそうだ。若葉はホッと胸を撫で下ろした。
八月のある定休日。
お茶のお稽古の帰り道。若葉はユキエちゃんと一緒に駅へ向かった。大阪に移り住んで随分経つが、若葉はまだ、このねっとりとした蒸し暑さに慣れることができないでいる。
「夜になっても、全然気温が下がらへんのやもん。寝ながら鼻血が出そうやわ。」
黒いレースの日傘の下でげんなりしている若葉に、ユキエちゃんが笑った。ユキエちゃんは小型の扇風機を顔に当てている。
「そういや若葉ちゃんの店、あたしくらいの子がバイトに来るようになったんやろ。お母さんが言うてたわ。良かったなあ、若葉ちゃん。これで、あのヤクザのおっさんと二人っきりにならんで済むやん。
だって、あのおっさん、昔、人を殺しかけたことがあるらしいやんか。あたし、そんな人と二人っきりでいてんの、若葉ちゃんは度胸あるな、って思うてたわ。」
「え…?」
若葉が立ち止まる。昔、モクさんが人を殺しかけた?
ユキエちゃんは若葉を振り返り、一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、しまった、という顔をして、口に手を当てる。
「あ、もしかして若葉ちゃん、知らへんかった?この話。」
若葉は黙って小さくうなずく。
「ああ、ごめん、若葉ちゃん。あたし、当然みんな知ってる話やと思うてた。うちのお父さんとお母さん、普通に話してたから。あ、お父さんもお母さんも、あのおっさんのことを悪く言うてたんとちゃうで。昔、そんなことあったなあ、って思い出話をしてただけで。」
若葉は立ち止まったまま、切羽詰まった表情をしている。
「ああ、どないしよう…若葉ちゃん、ごめん。そないにショック受けるとは思うてへんかった。ちゃうねん。あたし、あのおっさんのこと悪く言うつもりやなかってん。
あたし、ずっとミッション系の女子校やから、こういう刺激の強いネタが周りになくて、つい面白がって…ああ、こないなこと面白がって話したらあかんのや。若葉ちゃん、ほんまにごめん…。」
ユキエちゃんが泣き出しそうになったので、若葉は慌ててフォローする。
「ユキエちゃん、大丈夫や、大丈夫。初めて聞く話やから、ちょっとびっくりしただけ。」
「ほんまにごめんな…こないな話、聞きたくなかったやろ…。」
「ううん、教えてくれて良かった。みんなが知ってんのに、あたしだけ知らへんの、嫌やんか。どうもありがとうね。」
そう言ってユキエちゃんに笑いかけながら、若葉は内心、激しく動揺している。
(続く)
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