日本人の姓と中国語(記事64)
前回、夫婦同姓に関して書きました。ちょっとそれにつなげて、今回は中国における日本人の姓について書きます。
まあ、えらそうに「中国における」と言ったものの、私が直接経験したことを書くので、範囲はかなり狭くなりますけど。
まず有名人の姓です。
私が重慶で留学していた頃(2000年前後)はまだ日本のドラマが人気ある頃で、木村拓哉、反町隆史、竹野内豊、柏原崇などなど、日本語学部を中心に多くの中国人学生が日本の俳優さんを知っていました。
また、先生たちの世代になると、ほぼ決まって「高倉健と山口百恵は素晴らしい」という話しが出たものですが、私はちょっと世代が違うので、愛想笑いに徹していました。
さて、中国人の姓は大多数が一文字ですが(李、王、張、金…)、多くの中国人は「日本人の姓は二文字」と思っていて、中国人学生の中には「竹野内豊」は「竹野」が姓で「内豊」が名だと思っている人もいました。
逆に「金城武」は中国人(もしくは中国系の姓名)だと思っている人が多くて、今でも「金(jīn)」が姓で「城武(chéng wǔ)」が名だと誤解している中国人は多いです。
さてさて、中国では姓や名の前に「小」をつけて相手を呼ぶことがあります。例えば「小王」「小李」といった感じで、主に親しい関係の間で使われます。
留学中、「小笠原」という姓の日本人がいたのですが、「日本人の姓は二文字」「姓の前の『小』は愛称の一部」という中国的な考えから、「小笠原さんの正式な姓は笠原さんだ」と思っている中国人学生もかなりいました。
その延長でちょっと困惑するのは「小林さん」です。はたして「小林」が姓なのか、それとも「小」は愛称の一部で本当は「林さん」なのか。
日本の「森鴎外」もちょっと似ていますね。森鴎外の本名は「森林太郎」ですが、「森さん家の林太郎くん」なのか、「森林さん家の太郎くん」なのか、というちょっとした困惑(「森さん家の林太郎」が正解です)。
ちなみに、広東の方では「小」ではなく「阿」をつけるのが普通です。但し、「小」は姓の前に使うこともありますが、「阿」は通常、名の一字をとってその前に使うのが一般的なようです。
少し例を挙げると、姓の前に「小」をつける呼び方は前述の「小王」「小李」など、さまざまですが、「阿」をつけた「阿王」「阿李」といった呼び方は今のところ聞いたことがありません。実生活で聞いたことがあるのは「阿鐘」くらいだと思います。
名前の一字をとって「阿」をつける呼び方は「阿敏」「阿惠」「阿秀」「阿怜」「阿娟」などなど、多種多様です。
ちなみに三国志関係の故事成語「呉下の阿蒙にあらず(非吴下阿蒙)」の「阿」も、現在使われている愛称の「阿」に通じていると思います(「阿蒙」は呂蒙という呉の将軍です)。
最後に、「小日本」という呼び方がありますが、残念ながらこれは愛称ではなく蔑称です。
最近は「小日本」と直接言うのをはばかって、「小日子(本来は「小康の日々」「それなりに生活している日々」という意味です)」という言葉がよくつかわれています。
一方で、「小日本」を日常的に使っているため、これを蔑称と思っていない中国人も恐らく存在しています。妻の友人(中国人。夫は日本人)が市場に行った時、いつも野菜を買っている店のおばあさんが普通に「小日本不错(小日本はなかなかいいね)」「小日本很好啊(小日本は素晴らしいよ)」と話しかけてくるようで、本人にまったく悪気がないようなので逆に複雑な心境になると言っていました。
この辺の感覚は、私の祖母(明治生まれ。約三十年前に他界しました)がふつうに中国を「支那」と呼んでいたのと同じかもしれません。
最後の最後に、数年前、広州空港で中国人の旅行団にあいました。一行は日本に行くようで、ガイドの若い男が日本の紹介をしていたのですが、「小日本」を連発していました。聞くに堪えなくて私がガイドをにらむと、ガイドは私が日本人だと気づいたようで、言葉を広東語に変えました。すると旅行者達から「听不懂(聞き取れない)」「讲普通话(標準語話せ)」という声があがり、ガイドは広東語から普通話(標準語)に変えたのですが、「小日本」が「日本」になっていました。
あえて「小日本」などの言葉を使ってウケを取ろうとする人もいるようです。そういう人は日本に来るな、と思っていたのですが、その旅行団、日本に到着した時は日本側で待機していた他のガイドに案内されていました。
どうやら「小日本」を多用する男は中国側だけのガイドだったようです。
今回の写真は重慶留学中に撮ったものです。日本人留学生が別の大学に行って中国人チームとバスケットボールの試合をしました。その時の日本人留学生を歓迎するささやかな横断幕です(私はスポーツが嫌いなので観客でした。試合はたしか日本人チームが負けたんじゃないかな)