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【19夜目】伝説のバンド来日

例の感染症もようやく落ち着きを見せてきたころ、日本の音楽シーンに衝撃が走った。
ELP来日!
エマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)とは、かつて世界中を熱狂の渦に巻き込んだイギリスの伝説的ロックバンドである。キース・エマーソン、グレッグ・レイク、カール・パーマーの3人組でそれぞれの名前を取ってELP、いずれも卓越したミュージシャンである。しかし、すでに解散して久しいはずだが・・・?

おれは音楽雑誌の出版社に勤務しているものの、恥ずかしながらELPのことはよく知らない。しかし編集長の世代はドンピシャらしく、上を下への大騒ぎになっている。
「おい! えらいこっちゃ。ボーっとしている場合じゃないぞ。急いでインタビューのアポを取るんだ。他紙に先を越されるな!」
そして、なぜかおれに白羽の矢が立ち、しかもコンサート直前の日本武道館の楽屋でインタビューがセッティングされた。

スタッフに誘導されて部屋へ通されるとまだ誰もきておらず、スタジオのような殺風景な空間に小さなガラステーブルがぽつねんと置いてある。卓上の一輪挿しには真っ赤なカーネーション。向かい合わせのソファが2脚。

なんだか落ち着かないなぁ。とりあえず腰かけて待つこと10分。
「到着でーす、到着でーす」スタッフの声が響いた。
キタ!
おれのなかに緊張が走り反射的に立ち上がる。編集長からもキツく念押しされていた。「いいか、決して失礼のないようにな。相手は大御所だ。ご機嫌を損なってコンサートに影響が出ようものなら、それこそ大問題だぞ。お前の解雇クビくらいでは済まないんだからな」

そんなに言うなら自分がやればいいのに。内心悪態をつきながらも、いまはそれどころではない。口角を上げフレンドリーな笑顔を作り、握手の練習をしながら待っていると、大きな扉がゆっくりと開き、サングラスの男がひとり部屋へ入ってきた。
真っ白いステージ衣装にキラキラした金色のライン、胸を張りながらゆっくりとこちらへ歩み寄り、片手を差し出してきた。
「コンニチワー」
あ、あれ? 意外と小柄だな。「本日は、よ、よろしくおねがいします」
握手を交わし、互いにソファへ腰を下ろした。

「はじめまして、○○ミュージック出版と申します。本日はお忙しい中どうもありがとうございます」
「EPLです。こちらこそよろしく」
ん?? 聞き間違えかな。たしか……ELP、だよな。
「あの、失礼ですが、ELP(Emerson, Lake & Palmer)ですよね」
「いえ、ちがいますよ。EPLです。Emerson, Palmer & L. Akechiです」
「L.明智あけち? エルってなんですか?」
おれが怪訝な顔をすると、彼はとたんに表情を曇らせた。マズイ! ご機嫌ナナメになっては大変だ。おれは慌てて話題を変えた。
「ええと、それではEPLさん」
「明智でいいですよ」
「それでは明智さん、20年ぶりの来日とのことですが、どのようなきっかけで今回のコンサートが実現したのでしょうか」
「それはファンの声援が大きいよね。僕らのヒット曲『北の旅人』をナマで聞きたいっていうみんなの声が今回結実したってことだよ」
「なるほど。メンバーみなさん同じご感想ですかね?」
「ん?」眉を上げる明智氏。
「いえ、ですから、他のバンドメンバーであるキース・エマーソン、カール・パーマーのおふたりも、同じ感想なのでしょうか」
「ん?」さらに眉があがる。
「ええと、残りのメンバー……」
「なんだキミは、さっきから失礼だな!」
突然キレた明智氏は勢いよく立ち上げると「終わりだ! もうインタビューは終わりだ、ああ気分が悪い!」と毒づきながら部屋を出ていった。来た時と同じように胸をそらせながら威風堂々と。
あぁ……。

まともなインタビューが取れずに肩を落としながら会社へ戻る。編集長からこってり絞られたものの、すぐに山積みになっているほかの仕事に忙殺されるのだった。
朝から晩まで編集室にこもって執筆をつづけ、パソコンと格闘する日々。そんなわけだから、同じころひとりの自称ミュージシャンが詐欺容疑で逮捕されたという話題で世間が持ちきりになっていることなど知る由もなかった。


脳内ソースは、noterさんがレポートされていた今年のサマソニの記事、それとWebでサミュエル・L・ジャクソンの話題を目にしたこと、かな。
それにしても強引だろ、目を醒ました瞬間、我ながら腹立たしかったわ。

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