栄養不足がアルツハイマー型認知症のリスクを高める可能性を示唆する研究もあるようですが、SNSの投稿が主張するような唯一の原因ではありません

【主張】

  • アルツハイマー型認知症は、栄養不足によって生じる「医師由来の病気」である。

【詳細評定】

《誤り》

  • アルツハイマー型認知症は医師由来ではありません。

  • アルツハイマー型認知症の正確な原因は不明ですが、加齢、遺伝、環境要因の組み合わせで発生すると考えられています。

《複雑な現実を誤って表現しています》

  • ビタミンA、B12、C、Dといった特定の栄養不足がアルツハイマー病のリスクを高める可能性を示唆する研究もありますが、アルツハイマー病のリスクに影響を与える要因は複数あります。

  • 栄養不足がアルツハイマー病の原因となることを示す証拠は今のところありません。

《科学的な確信を誇張しています》

  • アルツハイマー型認知症における栄養不足の役割はまだ完全に解明されているとは言えませんので、更なる研究が必要です。

【キーポイント】

  • アルツハイマー型認知症は、65歳以上の方に多く発症し、これまでの研究から、脳内のアミロイド斑や神経原線維のもつれにタンパク質が異常に蓄積されることで発症すると考えられています。

  • この蓄積により、神経細胞の結合が失われ、記憶や認知能力の低下につながります。

  • アルツハイマー病のリスクは、遺伝的要因と栄養不足を含む環境要因に関連しています。

【レビュー】

2023年5月上旬、アルツハイマー型認知症は遺伝子ではなく栄養不足によって引き起こされると主張するインタビューの断片が、Facebookのリールで拡散されました。この主張は、獣医師であり、以前にもコレステロール低下剤がアルツハイマーを引き起こすと虚偽の主張をした自然療法士のJoel Wallachによるものです。Wallach は以前にも根拠のない健康被害を訴えており、彼の会社である Youngevity は COVID-19 の治療法に関する主張で米国FDAから警告を受けたことさえあります。以下に説明する通り、Wallach氏の主張は、アルツハイマー型認知症に関する現在の科学的理解と矛盾しています。

アルツハイマー病は認知症の一種で、脳と体の他の部分の間で電気信号を伝達する細胞であるニューロンの損傷と死によって特徴付けられます。これは、3つの主な特徴と関連しています。第一に、βアミロイド蛋白から作られるアミロイド斑が神経細胞間に集まり、損傷を引き起こします。第二に、タウ・プロテインからなる神経原線維のもつれが神経細胞に蓄積し、細胞間の正常で健康的なコミュニケーションを阻害します。加えて、アルツハイマー型認知症ではミクログリア(アミロイド斑等の脳内の老廃物を除去する細胞)が正常に機能しないため、この蓄積が続き、障害が進行していきます。

このようなダメージは、海馬等記憶に関係する脳の部分から始まります。その後、大脳皮質など、言語や社会的行動に関わる部位に障害が続いていきます[1]。このように、アルツハイマー型認知症は、記憶力や問題解決能力の低下、性格の変化、注意力の低下、日常生活における自立能力の低下などの症状が特徴です。アルツハイマー型認知症は、主に60歳代半ば以上の方に発症します。

図 1
左: 健常者とアルツハイマー型認知症患者の脳内のアミロイド斑と神経原線維もつれ
右: アルツハイマー型認知症によって脳が受けるダメージの大きさ
この画像は死後(死亡後)に撮影されたものです。
出典:
Silbert LC及び米国国立加齢研究所

現在、栄養不足がアルツハイマー病の発症に関与しているという具体的な証拠はありませんが、いくつかの研究では、特定のビタミンの欠乏と病気のリスクが高いことの関連性が報告されています。

例えば、ビタミンAの欠乏は、神経細胞の発達にビタミンAが関与していることから、総じて言えば認知症と関連しています[2]。ビタミンCはβアミロイドの活性を調節する働きがあるため、ビタミンCの欠乏でも同様の結果が観察されています[2]。また、ビタミンB12の欠乏は、アルツハイマー型認知症や認知機能の低下と関連しています[3,4]。これは、アミノ酸であるホモシステインの濃度の上昇に関係している可能性があり、New England Journal of Medicine誌のある研究では、アルツハイマーの「強力で独立した危険因子」であると報告されています[5]。

ビタミンDの血中濃度の低下は、脳の萎縮や認知機能の低下と相関があることから、栄養学的な危険因子としては、ビタミンDの欠乏も考えられます[6、7]。また、ビタミンDの摂取は、認知症の発症率やリスクの低下と関連することが研究で明らかになっています[8-10]。

一方、相反する結果を示した研究もあります。例えば、最近の研究では、ビタミンDの摂取量を増やしても認知症や認知力に大きな影響はない[11]、或いはアルツハイマー型認知症を増悪させるという報告もあります[12]。

更に、アルツハイマー型認知症が食生活や生活習慣の変化に繋がることもあるため、栄養不足が原因なのか、それともアルツハイマー型認知症そのものが栄養不足を引き起こすのかについても不明です。

そのため、栄養不足がアルツハイマー型認知症のリスクを高めると確実に結論づけるには十分な証拠がないため、この主張は栄養がアルツハイマー型認知症の発症に果たす役割を誇張しています。

また、この主張は、アルツハイマー型認知症のリスクを高めるとされる遺伝的要因の役割を認めていません。例えば、いくつかの研究では、特定の遺伝子の変異がアミロイドプラークの形成やアルツハイマー病の発症と相関することが判明しています[13,14]。更に、APOE遺伝子のe4と呼ばれる特定の対立遺伝子を受け継ぐことが危険因子であるようで、アルツハイマー型認知症患者の最大65%がe4型を持っています[15]。

遺伝や栄養以外にも、老齢、ミトコンドリアや血管の機能障害、頭部外傷、大気汚染、感染症、肥満といった、アルツハイマー型認知症に関連する多くの要因が存在します[16]。簡単に言えば、アルツハイマー型認知症は多因子疾患であり、その原因は、Wallachの主張とは逆に、どれか一つの要因に帰することは出来ないという証拠です。

《結論》

アルツハイマー型認知症が栄養不足によって引き起こされるという主張は正しくなく、アルツハイマー型認知症における栄養の役割に関する科学的根拠を誇張しています。Facebookリールでの主張とは逆に、アルツハイマー型認知症は、遺伝的要因、環境要因、ライフスタイルといった複数の要因に関連する複雑な病気です。ある種のビタミン不足がアルツハイマー型認知症の発症リスクに関与している可能性を示唆する研究もありますが、証拠を総合的に判断すると、その結果は矛盾しており、明確な関連性を確立するには不十分です。そのため、この動画はアルツハイマー型認知症の原因を著しく単純化しすぎています。

《参考文献》


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