池田伸哉の思い出 その1 大きなおうち
池田伸哉とは1986年12月、ソ連邦極東の町、ハバロフスクで知り合った。それから一緒に一ヶ月かけてシベリア、中央アジア、カフカース、バルト三国、キエフ、レニングラード、モスクワとソ連邦を一周した。
池田にとってこの旅は、大学の卒業旅行だった。
池田は大学卒業後、広告制作会社に入り、28歳の時に独立。池田デザイン事務所を設立した。
そして、35歳の時、17歳年下の女性と結婚した。
これはその少し前に書いたものである。
大きなおうち
仕事仲間に「キング」と呼ばれる男がいる。歳は三十五。美大出身の自称「天才デザイナー」で、何年か前に独立して、いまは従業員三人のデザイン事務所を経営している。
たまに、おれはこの会社からコピーライターの仕事をもらっている。
おれは詩人だが、詩で飯を食っているわけではない。生計は、広告制作や編集の請負仕事で立てている。詩で稼ごうなんていう気はさらさらない。詩人というのは職業ではなく、生き方のことだからだ。文章なんて書けなくても、生き方が詩的だったら、そいつは詩人だ。
そういう意味で、キングは詩人だ。
キングはいま、恋をしている。十七歳年下の女と。はじめは二十歳と聞いていたのだが、後に、十八であることが判明した。犯罪すれすれの恋だ。
おれやキングの事務所のスタッフたちは、彼女のことを「クイーン」と呼んでいる。
キングの女だからクイーンというわけではない。冬の間、例の「女王様コート」を着ていたので、だれからともなくそう呼ぶようになった。
実際、クイーンは地元の若衆の間では女王的な存在らしい。
キングとクイーンはいま、蒲田のオンボロマンションで同棲しているが、その部屋には青春の悩みを抱えた若いのがひっきりなしに訪ねてくるという。
クイーンはひとりひとりの話にだまって耳を傾ける。そして、キングに「どう思う?」と振る。キングは「そうだなあ」と考え込む。
キングは詩人だが哲学者ではない。だから、キングから明確な答えが出てくることはない。ただただ一緒に考える。クイーンはキングのそういうところにホレたらしい。まあ、この気持ちは何となくわかる。
キングはクイーンのどこにホレたのか。キングはこう言っていた。
「全然、世界が違うんだよ。常識もしきたりも感じ方も。それがたまらないんだ。特に、しきたりは面白い。俺は、クイーンのカレシーなわけだけど、実は認定式があったんだよ。わたしはキングをわたしのカレシーと認めますって。でも、それって一緒に暮らしはじめてから一ヶ月ぐらい経ってからのことなんだ。じゃあ、今まではなんだったんだと思ったけどな。彼女なりに、何かのけじめをつけた んだろう。とにかく、文化が違うんだ」
感じ方が違うって、どういうことだと聞くと、キングはこんな話をした。
ある日のこと、キングとクイーンは車に乗っていた。そして、皇居の前を通りがかった。
「これ、何?」
と、クイーンがきく。
「何って、皇居だよ」
と、キングは答える。
「コーキョって、何するところ?」
キングは一瞬、言葉に詰まったが、こう答えた。
「天皇さんのおうちだよ」
クイーンはうなずいた。
「大きなおうちね」
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