一店舗経営のすすめ【最終話】/河原永吾
規模拡大すれば成功かといえばそうでもなく、かえって窮地に追い込まれることもあるのが「経営」の真実。実は1店舗が一番もうかる!? ちょっと聞いたことがあるような気がする失敗エピソードから、堅実経営のポイント、1店舗だからこその強みと、その可能性について学んでみよう。
最終話 一店舗に戻して持ち直すの巻
ある日、私のところに、1人の美容室経営者からコンサルティングの依頼が来ました。彼は街の中心部から少し離れた場所に、40坪ほどのおしゃれなカフェ風のサロンを2軒と、もう少し駅寄りに、一戸建ての小さなサロンの計3店舗を経営していました。
純売上高は1億2,000万円以上。30人のスタッフが在籍(※1)し、地元や美容業界ではかなりの有名店。そんな同業者憧れの彼が、私に決算書と試算表一式を差し出し、うつむき加減に話し始めたのです。その内容は想像を絶するものでした。
まず、年間の変動費(材料費)の平均が25%以上(※2)もありました。そして営業利益が1,300万円の赤字(※3)、長期借入金は6,000万円を超えていました。話を聞いているといろんなことが見えてきました。
1店舗目は瞬く間に年商7,000万円を超え、その勢いのまま近隣に同じサイズの2店舗目を出したところ、売上が分散され、2店舗で7,000万円になってしまったこと。そして、さらにスタッフが増え年商1億2,000万円を超えたところで3店舗目を出した(※4)ものの、初月から赤字続き。そして極め付きは、1,000万円を超える不良在庫の山でした(※5)。
スタッフ間の内情はというと、サロンを統括していたトップスタイリストのパワハラがひどく、また、何人もの女性スタッフと関係を持っていて、社内の人間関係はめちゃくちゃ(※6)でした。オーナー自身もストレスから、たびたびスタッフにつらく当たってしまう状況が続いていました。
また、オーナーの決断力のなさから対策が後手に回り、年間赤字は2,400万円に膨らみ、合計4,000万円近くの累積赤字を出してしまいました。この会社は資本金300万円でしたので、債務超過は3,500万円を超えてしまいました(※7)。私にコンサルティングの依頼が来たのはこの時期です。
その後、スタッフが次々と辞めていきました。それに伴い店舗も手放し、もともとあった最初の1店舗だけにし、スタッフは9人に。しかし、残ったスタッフはすくすくと育ち、規模は縮小したものの、客数は減りませんでした。さらに店舗の売却益と固定費削減で、経常利益は爆発的にV字回復。4,000万円以上の累積赤字は消えてなくなりました。
サロン経営とは、規模や年商ではなく、「利益」こそが重要であることを示すお話で、この連載の最後を締めくくります。
失敗のポイントはどこかな?
エピソードを読み解いてみよう。
☆失敗ポイント(※1)
この売上に対してこのスタッフ数だと、月当たりの生産性は33万円しかありません。社会保険未加入のサロンですら生産性40万円を切ると赤字なのです。数字の大きさに惑わされてはいけません。
☆失敗ポイント(※2)
店販を除く変動費(材料費)は、売上に対して10%未満が適正ですので、25%のうちオーバーしている15%を年商から円換算すると、1,800万円になります。つまりこれだけでも年間1,800万円の損失が起きていることになります。この材料費の適正値は美容業特有の比率なので、よほど業界に精通している親身な税理士を付けていない限り、誰も指摘してくれません。メーカーやディーラーも販売するのが仕事ですので、なおさらのこと注意してくれません。
☆失敗ポイント(※3)
このサロンの資本金は300万円でしたので、1,000万円の債務超過ということになります。いわゆる「倒産予備軍」として金融機関に見られますので、融資が非常に受けにくくなります。つまり“輸血”ができないわけです。
☆失敗ポイント(※4)
「店舗が増えるともうかる!」と思っている経営者が非常に多い気がしますが、大間違いです。店舗が増えたら、売上が伸びる反面、固定費は倍になります。いかに固定費を抑えて、売上でなく「利益」を出すか・・・。よーく考えましょう。
☆失敗ポイント(※5)
返品するか売り切りましょう。そうすれば最低1,000万円が手に入ります。
☆失敗ポイント(※6)
これ、非常に多いケースです。管理職に就ける人を、個人売上の高さと、オーナーとの関係性の良さだけで決めるからこうなります。部下は自分の鏡です。自分の行ないをよーく見つめ直しましょう。
☆失敗ポイント(※7)
このサロンは、もうけたお金をちゃんとためていました。実に4,000万円近くの貯蓄があったのです。だからこの状況でも生き長らえることができました。ちょっともうかると、すぐ車や時計、ゴルフや旅行など、消費・浪費に走るプレイングオーナーが非常に多い。P/L経営ではなく、B/S経営ができる経営者が本物です。
河原氏が考える「1店舗でほぼ確実に成功できるサロン(経営者)」の共通点
<ロジック面>
・独立前のプレイングオーナー個人の指名技術売上が150万円以上あること
・店舗家賃がひと月の総技術売上に対して10%以下であること
・セット面数が「家賃(駐車場代込) ÷ 5」の数以上あること【ex.20(万円) ÷ 5=4面】
・店舗工事などの総初期費用が技術売上の5ヵ月分以内であること
・初回の金融機関からの借り入れの返済期間が5年以内に設定してあること
・個人での開業~法人成りの4年間(消費税免除期間)のうちに無駄遣いをせず預金を増やすこと(最低1,000万円を貯蓄)
・店販を除く材料費が売上に対して10%以下であること
・広告宣伝費が売上に対して5%以内であること
・社長給与が総技術売上に対して15%以内であること
・労働分配率が40%以内であること
・節税はしても、脱税はしないこと
<マインド面>
・経営の目的とゴールを明確にしていること
・見栄を張らないこと
・利益をきちんと出している成功者の先輩(助言者)を持つこと
・迷った時は成功者の助言に従うこと
・広告に依存した集客をしないこと
・P/L(損益計算書)とB/S(貸借対照表)をちゃんと理解すること
・家族と社員とお客さまに、平等に接すること
・失敗したら必ず振り返りをして、自分の問題と捉えること
・お金もうけを「悪」と捉えないこと
・ちゃんとした税理士を雇うこと
・自分中心ではなく、他人の目線で物事を考える努力をすること
[参考]今回のサロンの立て直しの履歴
・第一に1,000万円以上ある在庫の整理と店販と材料費の見直し
・3号店の閉鎖と売却
・サービス残業の廃止と完全週休2日制の導入
・店舗の休業日の撤廃
・役員報酬の50%削減
・社長のみでの深夜営業の導入
・2号店の閉鎖と売却
・社長とスタッフとのコミュニケーションの見直しと、社長の行動と発言の改善
・客単価の見直し(客単価1,000円UP)と顧客対応の見直し
・会社全体の行事の撤廃(休日を使った入社式や合宿)や、それに伴う仕組みの見直し
・助成金が受けられるように、給与形態や労働条件、就労規則を変更し、合計1,200万円の受給に成功
<まとめ>一店舗経営に徹すれば、美容室はまずつぶれない
以前もこの「まとめ」でお伝えした通り、現在、多店舗展開しているサロンで、利益を出し続けているケースはほんの一握りです。人件費の高騰と社会保険の義務化により、美容室経営のみに徹した店舗展開やFC展開で利益を出すことは非常に困難なのです。
しかし、一店舗経営は全く別です。固定費が圧倒的に低いからというのはもちろんのこと、やはり「経営とは経営者の意識次第」であるがゆえに、その経営者の意識が最も行きわたりやすいのが一店舗経営だから。オーナー自身が働いているその店、その現場は、おのずと質が高まるものです。
逆に言うと、もし多店舗展開でオーナーより意識が高く、オーナー不在の店舗で大きな売上を上げている店長がいるならば・・・その店長は独立予備軍です(笑)。
「たくさんの仲間が欲しい」という理由で組織の規模を大きくしようとする経営者がよくいますが、得てして「仲間」はしょっちゅう辞め、メンバーは入れ替わっています。それって「仲間」と言えるのでしょうか?もうからない上に「仲間」がつくれていないとしたら、その多店舗展開って、一体、何なのでしょうか?
なぜ、美容室を営んでいるのか。将来、自店をどんな形にしたいのか。もう一度原点回帰してみましょう。今の小さなサロンのまま、“質的に”発展した方が、自分も周りも幸せにできるかもしれません。声を大にして言いたい!「みんな目を覚ませ!」。全6回の連載、ありがとうございました。
河原 永吾
かわはら・えいご/1972年生まれ。岡山県出身。証券会社などでのサラリーマン生活を経て、美容師免許取得。(株)コーチプレシャス代表、経済産業省直轄の専門家講師として、美容室をはじめとしたさまざまな企業のコンサルティングを行なう。美容室・Hair Toto-la代表として、現在も土・日曜日はサロンに立つ。米国NLP協会認定NLPトレーナー・コーチングトレーナー。
※本記事は、『美容の経営プラン』2018年12月号にて掲載した記事を転載したものです
※毎回、美容室経営の“あるあるエピソード”を読み解きながら経営判断のポイントやその是非について解説。エピソードは河原氏の経営コンサルタントとしての経験を基に制作したフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません