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ドイツ語は本当に純ゲルマン語なのか?

「英語は歴史の中でフランス語やラテン語、ギリシャ語などの外来語を多く受け入れて、見た目が大きく様変わりしたが、ドイツ語は比較的保守的でゲルマンの言葉を残しているため、英語とドイツ語は見た目が大きく異なることになった」

というような話を聞かれたことのある方は少なくないかと思います。

確かに、ドイツ語を学び始めると英語との見た目の違いに困惑することが多いですが、だからと言ってドイツ語にラテン語やギリシャ語、フランス語といった外来語の影響が無いというわけでは全くありません。

むしろ逆に、ドイツ語も英語と同様、外国語から多大な影響を受け、そして多くの語彙を受け入れてきた歴史を持っています。

ドイツ語の外来語の受け入れ方には色々あるのですが、例えばラテン語を例にしてみると、

ドイツ語に合わせてスペルや発音が変わった形で受け入れた。
(cellarius ➡ Keller (地下室)、planta ➡ Pflanze(植物))

ラテン語の語の構成に基づいて翻訳(直訳・意訳)した。
(com-passio ➡ Mit-leid(同情)、bene-ficium ➡ Wohl-tat(慈善))

割とスペルそのままの形で受け入れた。
(familia ➡ Familie、universitas ➡ Universität)

と、大きく3種類があります。

①はローマ帝国とゲルマン人の接触の頃だったり、フランク王国とキリスト教の接触の頃で、当時の先進的な文物やキリスト教関係の用語などが受容されました。いわば「生のラテン語」を取り入れていた時期と言えます。

一方、②と③については、主に知識階級による外来語の受容です。②は中世の聖職者が、③は近代に入り人文主義が盛んになり古典語が再び勢いを得た中で知識層が中心となって行いました。いずれもインテリが主体的になって外来語を取り入れており、抽象的な表現が多く受け入れられています。

②は「翻訳借用(Lehnübersetzung)」と呼ばれます。翻訳借用は、外来語を、借用元の意味に沿って自分の言語に翻訳して取り入れることです。

例えば、「良心」を表すラテン語「con-(集合)+ scientia(知)」が
「Ge-(集合)+ Wissen(知)」として受け入れられたのがそうです。

英語の「conscience」とドイツ語の「Gewissen」は外見こそ似ても似つきませんが、語の構成は瓜二つということです。

16世紀以降、古典語が再興した中で、ラテン語を始めとする外来語はドイツ語にほぼそのままの形で多く受け入れられることになりました。

しかし、これに対し、17世紀以降、それまでの外来語直輸入の流れに揺り戻しをかけるかよのように、言語純化運動が芽生えてきました。

この一環で②の翻訳借用が再び進むこととなり、これまでのラテン語やギリシャ語、フランス語などからの外来語が「純ドイツ語」に翻訳されていくこととなりました。

この言語純化運動の中で生まれたとされる単語には、今でもドイツ語で使われる表現が少なくありません。中には「純化前」の単語と共存している場合もあります。

「Abstand(距離)← Distanz」
「Augenblick(瞬間)← Moment」
「Mundart(方言)← Dialekt」
「Leidenschaft(情熱)← Passion」
「Rechtschreibung(正書法)← Orthographie」
「Altertum(古代)← Antike」
「Hochschule(大学)← Universität」
「Mehrzahl(複数形)← Plural」

上記の例では、右側の単語であれば英語から意味を推測できるものが多いと思います。ドイツ語の単語の多くが英単語と見た目が異なり、ゲルマンゲルマンしているのには、言語純化運動が少なからず寄与していると言えます。

まとめに入ります。

ドイツ語を学ぶ際に、私たちが「ドイツ語って何で英語と全然形が似ていないんだろう?」と思うのは、上記のうち

①(元の語から形や発音がだいぶ変わった)
②(翻訳借用)

が主因と考えられます。

①の段階で受け入れた外来語は、あまりに形が変わってしまって、あるいはあまりに日常的に使われているため、「え?君、外来語だったの?」というものが多いです。

例えば、以下の単語はラテン語由来です。

Kopf(頭)Körper(身体)Fenster(窓)Spiegel(鏡)、
Tisch(机)Küche(台所)Keller(地下室)Ziegel(レンガ)、
Kampf(戦い)Straße(通り)Eimer(ゴミ箱)Ampel(信号)、
Kohl(キャベツ)Zwiebel(たまねぎ)Essig(酢)Brezel(ブレーツェル)

枚挙にいとまがありません。

また、こういった単語は外来語として意識されることも少ないので、英語の対応語と見た目が違うと、「ドイツ語の基本単語って英語と似ていないなあ」と思ってしまうかもしれません。

②の翻訳借用については、日本語にも馴染みがありますよね。欧州言語からの借用という点では、江戸時代の蘭学者や明治時代の知識人による漢語への翻訳が、ラテン語やギリシャ語、フランス語等からのドイツ語への翻訳借用と似ていると言えます。

逆に言えば、翻訳借用されているからこそ、外来語を割とそのままの形で受け入れた英語と見た目がかけ離れてしまっているんですね。

そのため、「英語とドイツ語の見た目が異なっているのは、英語は外来語をたくさん受け入れたがドイツ語はそうではなかったから」とは、必ずしも言えません。

外来語の受け入れ方は、借用元の言語の形をそのまま使うことだけではないからです。上記のように、ドイツ語には翻訳借用が多く見られますが、これも外来語の取り入れ方の一つの手段です。

ドイツ語には外来語を直輸入する時期もあれば、今ある言葉を用いて翻訳借用していた時期もあったのです。ドイツ語の今の見た目がこうなっているのは、あくまでも歴史の産物、と言うほかにありません。

個人的には、翻訳借用語とその元となった単語の対応関係を発見するのも、ドイツ語学習の醍醐味ではないかなと思っています。

言語純化運動は、ドイツ語やフランス語が有名ですが、他の言語でも見られるようです。むしろ英語についてはあまり聞かないような…。

英語が外来語まみれなのを放置しているのだとしたら、語彙の多様性こそ世界言語たる所以だという、世界の覇者の余裕の表れなのか、はたまた特に気に留めていないのか……。調べてみるのも面白いかもしれませんね。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

今度の記事では、①に関連して「ドイツ語の日常語に潜む外来語」の具体例をもっと紹介していきたいと思います。

参考文献:
金子哲太(2023)『ドイツ語古典文法入門』白水社
西本美彦・河崎靖(2013)『ドイツ語学を学ぶ人のための言語学講義』現代書館

Digitales Wörterbuch der deutschen Sprache

Peter Kuhlmann, "Der lateinische Einfluss auf Lexik, Morphologie und Syntax des Deutschen - ein Überblick" 
(https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwjs4rDdrfiKAxWlRPEDHYHhLHMQFnoECB0QAQ&url=https%3A%2F%2Fjournals.ub.uni-heidelberg.de%2Findex.php%2Ffc%2Farticle%2Fdownload%2F38978%2F32639&usg=AOvVaw18uFZALrplvwcM7YufLBZA&opi=89978449)

Deutscher Sprachpurismus – Wikipedia

【画像】Tomさま【Pixabay】
(写真のコブレンツ(Koblenz)は、英語のコンフルエンス(confluence)と同じく「合流(地点)」というラテン語由来の地名の都市です)