【試訳】独島イン・ザ・ハーグ【16】
バン。
バン。
バン。
バン。
バン。
ソジュンは国情院本庁の射撃場で、拳銃の射撃をしていた。
標的にドハの顔が見え隠れし、銃弾の穴が的の中央をなかなか突き抜けずにいた。
誰かが、ソジュンの背中を手で叩いた。
「どうも振るわないなあ。お前らしくないぞ。何か悩みでもあるのか?」
チョン・ギヨン・チーム長だった。
チーム長は、ソジュンを隅の窓際の席へと連れて行った。
「近いうちに政府で独島訴訟のための実務チームを作るんだが、お前もこのチームに入ってくれないか」
「え? それは、どういうことでしょうか?」
「イ・ヒョンジュンの携帯使用履歴を調査してみたんだが、死の間際に娘にSMSで暗号を送ったようなんだ」
チーム長は、ソジュンの前に一枚の写真を差し出した。
「『四月の歌』という歌の楽譜だ。パク・モグォル作詞、キム・スネ作曲」
ソジュンの脳裏に、サトー・ホテルでイ・ヒョンジュンの鞄に入っていた書類封筒の中の文書が浮かび上がった。あの文書がまさにこの楽譜だったらしい。
「この楽譜に何か特別な意味でもあるのでしょうか?」
「国情院の暗号分析チームによると、この楽譜が一種の暗号であることは確からしい。いずれにせよ『駕洛国記』の行方を教えるメッセージのようだ。
イ・ヒョンジュンが死の間際に我が子にこの楽譜を送ったのなら、イ・ヒョンジュンの娘は間違いなく解読できるはずだ。イ・ヒョンジュンの娘であるイ・ドハ事務官は外交部領土海洋課に勤務しているから、今回の訴訟実務チームに参加するに違いない」
チーム長がどんな指示を下そうとしているのか、ソジュンは感づいた。
独島問題に寄与することに関しては、韓国国民としてのみならず、独島を守った警察であった祖父の孫として、関心が強かった。
だが、ドハに密かに接近して秘密を暴くことには全く気が向かなかった。
「すみません、チョン・チーム長。イ・ドハさんに、暗号解読に協力してくれと正式に要請するのはいかがでしょうか?」
「イ・ヒョンジュンが我々に古文書を渡さずに日本側へこっそり送ろうとしていたのに、娘が我々に協力する保証がどこにあるんだ?
我々が『駕洛国記』を探していることを知れば、到底見つけられないようなところに隠してしまうかも知らんぞ」
ソジュンは、暫くためらった後、重たい口を開いた。
「チョン・チーム長。申し訳ありませんが、今回の任務からは下りようかと思います」
チーム長は眉をひそめた。
「今までろくに休みも取らなかったので、前回の任務の終了直後に新たな任務に投入されるのを負担に感じておりました。イ・ヒョンジュン氏の死亡事故が起きたのもそのせいだと思います。このままでは大事故が起きる可能性もあります。一度、じっくりと休む時間を頂けませんでしょうか」
「今回の任務から外れたい理由は、たったそれだけか?」
ソジュンはチーム長の視線を避けつつ、力なく、そうですと答えた。
チーム長は窓辺に寄り、ズボンのポケットに両手を差し込んだまま、外を見下ろした。
岩の上に刻まれた「自由と真理に向けた無名の献身」という文句が、ひときわ大きく目に飛び込んできた。
「そんな呑気なことを言えるのは、今回の件の重大さを知らないからだろう。日本がただ古文書1冊のためにこんな騒ぎを起こしているとでも思うのか?」
「おっしゃっていることがよく・・・」
「俺がこの前『駕洛国記』が核兵器の情報よりも重要だと言ったろう? 今その理由を教えてやろう。
イ・ヒョンジュンの小説『海の帝国』は、伽耶の麻品(マプム)王が鉄器文明を基に日本や中国をはじめ、東南アジアやインド、日本海にまで続く巨大な海上帝国を作り上げるというストーリーだ。
歴史学会でも伽耶が日本海を牛自った海上帝国だったという点については殆ど異論がない。伽耶がそこまで日本海を牛耳っていたのなら、当時鬱陵島と独島は誰の領土だっただろうか?」
「伽耶の領土いうことですか?」
「そうだ。独島に関する最古の記録として知られている『三国遺事』には、新羅の異斯夫(イサブ)が西暦512年に于山(ウサン)国を征伐したという記録がある。
だが、『海の帝国』によれば、麻品王が海上帝国を建設したのは異斯夫よりもはるか前の280年だ。
『海の帝国』には、麻品王が暴風雨を避け独島に停泊したり、そこに罪人たちを閉じ込めておいたという内容が非常に細かく記されている。
独島だけではない。『海の帝国』には、麻品王が対馬や隠岐島を支配したという内容まで出てくるそうだ。
イ・ヒョンジュンは『駕洛国記』に依拠して『海の帝国』を書いたのだから、『駕洛国記』に同様の内容が書かれているに違いない」
「『駕洛国記』が収録された『三国遺事』は伽耶の時代ではなく高麗時代の一然(イルリョン)和尚が書いたものではないのですか?」
「それは『三国遺事』であって、『三国遺事』の元になった記録はそれ以前に書かれたわけだろう?」
「ということは、日本の独島侵略がイ・ヒョンジュン氏の死亡直後だということも、偶然ではないということですね」
「そうだ。イ・ヒョンジュンが死ぬことで『駕洛国記』が完全に消えたと判断し、直ちに独島訴訟をしようと申し出てきたわけだ。
『駕洛国記』を見つけさえすれば、独島訴訟に勝てるだけでなく、韓日間の古代史を根こそぎ変えることもできる。
お前がこれから一生かけて国家情報院でお国のために尽くす仕事よりも、ずっと多くの業績を収めることができるわけだ。
それでも休みたいといえば仕方ない。半年間、じっくり休め」
「いいえ。訴訟実務チームはいつから行けば宜しいですか?」
【17】へつづく