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【試訳】独島イン・ザ・ハーグ【8】

第4章 太陽の姉弟

태양의 남매


隠岐島沖合、海上自衛隊駆逐艦。  

甲板の上に立った田中と松井海佐は、夜の海を見下ろしていた。

田中が口にくわえた煙草の炎が、暗闇の中でフクロウの瞳のように真っ赤に燃え上がったかと思うと、立ち込めた煙の中にたちまち沈んでいく。それが何度か繰り返された。

「真夜中に大海原のど真ん中に出てくると、未だに舞台に上がったかのような胸騒ぎを覚える。

情報機関で働くのは、黒人のジャズ歌手が暗い舞台に上がるのと同じだ。歌手も舞台も見分けがつかない真っ暗闇で、私は30年の間、歌を歌ってきた。

人々は知らないが、80年代の日本の輝かしい経済成長から最近の安保理常任理事国入りまでの日本の栄光の裏には、我々の影があったのだ。

我々情報員は、顔のない歌手だ。政治家同様、歌手の顔が露出すれば、人々は歌手の歌よりもその容貌と私生活により関心を抱き始め、 結局、その歌手の歌にすぐに嫌気がさしてしまう。

だから私は情報機関にいるのだよ。自分の歌をずっと歌えるからね」  

田中は煙草を深く吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出した。煙草の煙は、日章旗の描かれた軍艦の間へとゆらゆらと泳いでいった。

「今回の竹島案件は、私の人生の最後で最高の公演になるだろう。デビッド・カッパーフィールドが自由の女神像を消したように、 私は竹島を韓国の地図から消すつもりだ。

既に台本は全部出来上がっている。第1章はイ・ヒョンジュンの排除、第2章は総理のCNNインタビュー、そして第3章は、ずばりお前が明日陣頭指揮をする竹島防御訓練だ」

「韓国が総理のインタビューに抗議声明を発表してから日が浅いうちに我々が竹島防衛訓練を実施すれば、韓国側がひどく腹を立てるでしょうね」

「元々かんしゃく持ちの奴らのことだ」

「韓国を不必要に刺激する必要があるのですか?」

「必要だから刺激するのだ。奴らは激しやすいからな。興奮すればぼろが出るものだ」

田中はにやりと笑って松井海佐の肩を何度も叩き、席をはたいて立ち上がった。

ヘリコプターが轟音を上げてプロペラを回し始めた。田中は松井海佐と共にヘリコプターへ向かって歩きながら話した。

「私がこの作戦で日本人のために取り返したいのは、ただ領土だけではない。私が取り返したいのは、ずばり愛国心と野生さだ。

竹 島や日韓間の歴史を巡る揉め事は、既に日本人の意識に革新的な影響を及ぼしている。

歴史教科書に竹島に関する内容を収録したところ、若い学生たちが自発的にインターネットで韓国人と論争を繰り広げ、他国のサイトを訪ねまわっては、竹島のことを広めて回っているだろう。

若者たちは国内問題を突きつければ左翼になりやすいが、国際問題を突きつければ保守的になりやすいからな。

我々が今回竹島を奪取し、とてつもなく広い海洋領土と莫大なメタンハイドレート資源さえも手に入れることになれば、日本国民たちは、『なるほど、我々日本が進むべき方向はまさにこれだ』と合点が行くのではないかね。

そうなれば、平和憲法も自然に改正され、貴兄ら自衛隊も往年の名誉と地位を回復することができるだろう。竹島防御訓練をしっかりと頼んだぞ」

その後暫くして、田中を載せたヘリコプターは軽やかに舞い上がり、駆逐艦上空を一周した後、本土に向かって飛んで行った。

松井海佐は、ヘリコプターが見えなくなるまで、挙げた敬礼の手を下ろさなかった。

※※※

翌日、外交部領土海洋課のテレビでは、日本の「竹島防御訓練」の速報が繰り返し流れていた。

多少興奮したアナウンサーの説明とともに、隠岐島近海の関連映像が映し出されていた。

「海上自衛隊主力の4600トン級駆逐艦12隻が、独島を想定して隠岐島の周りを旋回しながら、朝鮮半島に向けて艦砲の照準を合わせています。

イージス艦2隻も隠岐島と日本本土との間に停泊し、合同作戦を行っています。

日本の駆逐艦から出撃した数十台のSH-60 J型ヘリコプターが、隠岐島上空を暫く飛行し、島に上陸しています。

隠岐島内では、島根県民が『竹島よ、戻ってこい』と書かれた大型のプラカードを持ち、韓国を糾弾する集会を開いています」

日本の軍事訓練のため、葬式を終えて出勤した初日から、ドハは手洗いに行く時間もなく忙しく走り回っていた。

小さな状況の変化が 生じるたびに、次席、課長、審議官、局長、次官補、次官、長官、大統領府、国会等に報告をしなければならなかった。

決裁ラインにいる幹部たちがあれこれ内容を変更したり、報告書の文句を修正すれば、それを直してまた最初から決裁ラインを踏んで上げていかなければならなかった。

担当官は1、2名に過ぎなかったが、報告を受けて指示をする人々は十数名もいるため、実質的な業務よりも、報告にずっと多くの時間と労力が費やされた。

そうしながらも、随時かかってくる記者や国会の補佐官たちの電話にも、誠意を込めて対応しなければならなかった。

ドハが起案した外交部声明草案は、何度か修正された末についに発表された。日本の軍事訓練を大韓民国領土に対する武力挑発であり、北東アジアの平和に対する脅威とみなし、即刻中断を要求する内容だった。

しかし、日本の外務省は、「竹島防御訓練は、その名称から分かるように、韓国が先に行った軍事訓練に対応するものであり、日本の領土である竹島を防御するために必要最小限の処置」だと一蹴したのだった。

国会では、独島特別委員会が緊急招集された。20人ほどの国会議員が、外交部、国防部、海洋水産部長官を相手に質疑を行った。

濃い眉毛の下で目をぎらぎらとさせたキム・ギュヒョン議員が、チョン・ドンス国防部長官を問い詰めた。

「国防部長官! 日本の海上自衛隊が『竹島防御訓練』を行った理由をどう見ておられますか?」

「私も納得できません。あってはならないことを日本がしたと考えております」

「日本が軍事訓練をしたのは、武力で独島に攻め入るためでは?」

「その可能性は低いでしょう。日本は憲法で、他国を侵略できないよう釘を刺しているだけではありません。独島攻撃はすなわち、我が国との戦争をする意志を意味しますが、日本はそれほどまでに無謀ではありません。

我が国の独島軍事訓練に対する強い抗議の表明であるだけで、実戦を前提とする訓練ではないと考えます」

キム議員の声が大きくなった。

「日本が独島を攻撃する可能性がないなどと、どうして断言できるのですか? もし日本が攻め込んで来れば、国防部長官は責任を取れますか?」

「日本の挑発の可能性は低いと見ていますが、我が国の軍はもしもの危機的状況に備え、水をも通さぬ構えです」

「水をも通さぬ構えとおっしゃいますが、実際のところ独島には軍隊が駐留していないではありませんか? 日本が奇襲して来れば、軍が到着する前に独島が取られてしまうのではありませんか?」

「現在独島に駐留する警察の戦闘力も相当な水準にあるだけでなく、鬱陵島や鎮海にいる海軍と、大邱(テグ)にいる空軍を有事に即刻投入することができます」

「いくら警察が強いとは言え、軍隊には劣るでしょう。鬱陵島、鎮海、大邱からの出発では軍隊の即刻投入は言えません。独島に軍隊を派遣すべきです」

強硬論は、キム議員のように中身の足りない政治家を誘惑する。

第一に、刺激的であり、報道される可能性が高い。芸能人のように、どんな形であれメディアに露出し、有権者に存在感を誇示したいと思う政治家は、たとえ良いことではないとしても、名前が出るに越したことがないと考える。

世の中には色々な人がいるものだから、強硬論に賛成する人は少ないながらも存在する。そして、強硬論を好む人は、自分の好きな政治家に対する忠誠度が高いものだ。

特に、独島に対する強硬論は、 政治家個人の立場において損害を被ることはなかった。

どのテーマよりもメディアで報道される可能性が高く、相手の政党から攻撃を受ける可能性も低い。

日本を攻撃すれば愛国者と見なされるので、自分の父親が「親日人名辞典」に収録されているキム議員としては、親日派というイメージを払拭ために重宝した。

キム議員に苦しめられたチョン国防部長官は、 仕方なく次のように答えた。

「政府と与党が独へ派兵すべきという立場であれば、国防部はそれに従う所存です」

キム議員は、午後から始まったパク・キデ外交部長官に対する質疑応答でも、強硬姿勢を崩さなかった。

「日本がこのように出てきたのは、これまでの外交部の独島政策が失敗したという証拠ではありませんか? 今まで、独島に対する日本の挑発への外交部の反応が手ぬるかったからこそ、日本に見くびられたのでは? 私は、独島の実効支配を強化するために、独島へ派兵すべきと考えておりますが、外交部長官はどのようにお考えですか?」

「僭越ながら、独島への派兵は、軍事的緊張と国民の不安を高め、独島を紛争地域化させると見ています」

「パク長官! 国民が独島への派兵を不安に思うでしょうか? 独島を奪われることを不安に思うのでしょうか? 

本来警察は国内の敵から国を守るもので、国外の敵からは守るのは軍隊の務めです。

独島への実効支配を最大限強化するためには、 何と言っても派兵が最善策です。これでも独島への派兵を検討されないと?」

「キム議員のご提案を検討させていただくことにします」

「パク長官! 日本は以前にも独島問題の国際司法裁判所への付託を提案してきましたが、外交部では訴訟の準備をされているのですか?」

「国際司法裁判所は、ある1か国が訴訟を希望すれば裁判をするというのではなく、両国が裁判に同意しなければ裁判を行いません。

我が国は、 独島問題で裁判を受ける理由もなく、それに対して絶対に同意をしない考えであるため、独島問題が国際司法裁判所に付託される可能性は ございません」

「全く、政府長官の皆さまがたのその自信は何を根拠にされているのだか。国防長官は日本が攻め込むことはないと言い、外交長官は日本が独島問題で訴訟を起こす可能性はないとのたまう。全員、精神鑑定でも受けた方が良いのでは?」

精神鑑定という発言に憤った与党(※)の議員たちが、キム議員に対して発言を撤回し謝罪しろと大声を上げると、キム議員や他の 野党議員が席から立ちあがって大声で言い返し、こぶしを相手に突きつけた。

与党:原文では「野党」となっていますが、文脈的に「野党」と訳しました

委員長が議事棒を叩き制止したが、無駄だった。会議はそれ以上進まなかった。

パク外交長官の随行員として国会に来ていたドハは、キム議員が引き起こした状況を見て、誰よりも心が乱れた。

ウンソンと結婚すれば、キム議員は自分の舅となる人物だったからだ。

日本の軍事訓練で反日感情がいまだかつてなく高まった時期であるため、独島派兵を求めるキム議員の主張は、メディアや世論で類を見ない関心を集めた。

ある日刊紙の世論調査結果では、独島派兵への賛成意見が70パーセントに迫った。

大きな選挙を近々控えている状況であったため、与党は結局独島への派兵を政府に建議した。

数日後、国防部報道官は、厳粛な面持ちで記者の前で声明書を読み上げた。

「これまで日本は独島に対して侵奪の野望を捨てきれず、ついに独島を奪おうと軍事訓練を行うまでに至りました。これは大韓民国の領土に対する侵略の試みであり、北東アジアの平和を脅かす行為です。

これに対して、我々大韓民国政府は、可及的速やかに独島へ軍隊を派遣することにより、日本の挑発を防ぎ、独島に対する実効支配を強化することを決定しました」

韓国が派兵を決定した翌日、日本の外務省報道官はあらかじめ準備でもしていたかのように、迅速に公式声明を発表した。

「竹島は、国際法的にも、歴史的にも、日本の領土であるにもかかわらず、韓国は一方的に竹島が自国の領土であると主張し、不法占拠してきました。

それにもかかわらず、日本は北東アジアの平和のために、耐えがたきを耐えてきたのです。

しかし、韓国は日本の忍耐強さを弱さと錯覚し、竹島への派兵を決定しました。

日本の領土に他国が軍隊を派遣するのは、事実上の日本に対する宣戦布告です。日本は、即刻派兵の決定を撤回することを韓国政府に強く要求します。

もし韓国が早晩派兵の決定を撤回しない際には、その後発生する結果については、その全責任が韓国にあることを明確に警告します」

【9】につづく

【画像】https://tabicoffret.com/article/79386/index.html