【試訳】独島イン・ザ・ハーグ【2】
第二章 小説の秘密
소설의 비밀
東京のとある書店。
ワイン色のセーターに黒いロングコートをまとったソジュンは、ヒョンギを待ちながら雑誌をめくっていた。
短く刈った髪、一文字に伸びた額の生え際、角ばった顎が、きれいな長方形の顔の形をそのまま表していた。
黒く日焼けしている一方で、精気が漂う赤みを帯びた頬と、二つの穴が開いているような彫りの深い黒い目が、まるで鷹のような印象を醸し出していた。
「兄貴! ようこそ日本へ!」
褐色のダウンジャケットを着て現れたヒョンギは、両手を振って明るく笑いながらソジュンの方へ近づいてきた。
ヒョンギは、巨体のホームラン打者のようにのっしのっしと近づき、分厚い手を挙げてソジュンとハイタッチをした。
ソジュンとヒョンギは、国家情報院(※)で働き始めてすぐの訓練期間を同じ部屋で過ごして以来、危険な作戦を何度か一緒にしてきたこともある、格別な間柄だった。
「久しぶりっすね。中国でお会いして以来ですから、五年になりますか?」
「もうそんなになるか? 顔つきが良くなったな、お前。日本で随分楽しんでいると見たぞ」
「楽しいだなんて。日本の情報員を尾行したり、俺たちの工場でも監視したり、その上少し前からはうちのかみさんに睨まれてるってのに、そんな俺がどうして楽しそうに見えるんすか?」
「結婚したらカミさんが怖くて仕方なくなるんだな。あの毒蛇のチーム長も、奥さんの前ではカエルみたいに大人しくなるんだとさ」
毒蛇とは、チョン・ギヨン・チーム長のあだ名だった。蛇のように恐ろしく、頭脳の回転が速いことからついたあだ名だった。
チョン・チーム長は、ソジュンとヒョンギが訓練生だったときの指導官であり、誰よりも面倒だが腐れ縁の間柄だった。
「ああ、ヒョンギ、すまなかったな。結婚式にも行けなくて」
「どうして兄貴が謝るんすか? 日本で結婚式を挙げたほうが悪いんすよ」
「ジェスさんは、日本の方なんだって?」
「ええ。おかげで日本での生活が楽ですよ」
「子供は?」
「娘が一人います。もう少しで一歳になります」
「かわいくてたまらないだろう?」
すると、ヒョンギはぎこちない笑みを浮かべた。
「兄貴だけに言いますけど、ちょっと厄介な病気にかかって、手足を動かせないんですよ。生後間もなくから今に至るまで、入院したままで」
「大変だろうな、お前」
「俺よりもかみさんが大変っすよ」
「今は家族もいるんだから、お前もあまり危険じゃない部署に移れ。スターになるなんて考えはやめるんだ」
スターとは、国情院の殉職者を意味した。ソジュンは国情院入院直後、殉職者の数だけ星を刻んだ壁を見て、その星々に吸い込まれるような気がした。
学生時代、学生運動をしていたほど反政府的だったのに、国情院に入るくらいに考えが変わってしまったヒョンギとは異なり、ソジュンは初めから明確な政治的傾向がなかった。
社会よりは個人の内面に関して関心が強い方で、社会科学の本よりは文学を読み、酒の席で他の人と社会問題について議論を戦わせるよりも、多くを語らなくても互いの胸の内を理解し合うことを好んだ。
大学時代に付き合っていた初恋の人と別れたあとは、全てのことがむなしく感じられ、時として死にたいという考えばかり抱いた。
そんなときに軍に入隊し、軍隊生活の中で国情院に抜擢され、その星々を目にすることになったのだ。
どうせなら、自殺も考えたこの命、同じことなら国家のためにささげた方がずっと良いと思った。
この意味で、ソジュンの政治傾向を左右にあえて分けるとすれば、右派に近いと見ることもできる。それは、政治的、理論的、論理的な探索の結果というよりも、幼いころの祖父の影響のためだった。
鬱陵島で漁業を営んでいた父は家にいないことが多かったため、ソジュンは祖父とともに過ごす時間が多かった。
容貌も父よりも祖父に似ているという声を聞いて育った。祖父は長い間鬱陵島の警察官をしており、独島へ最初に派遣された警察官でもあった。
祖父は、ソジュンの耳にたこができるほど、自分が独島に攻め込んできた日本の役人を追い払った話を何度もして聞かせた。
祖父によれば、日本の官憲が独島に頻繁に上陸し始めたのは1953年頃だった。
日本の植民地支配からの解放直後から、独島を狙っていた日本が1952年に発効したサンフランシスコ平和条約に独島を日本領と明記するのに失敗するや否や、公務員たちが直接独島に上陸して日本領だと表示し、実効的支配の実績を積もうとしたのだ。
日本の輩は、星条旗を掲揚して入ってきては、「日本島根県竹島」「注意。日本国民及び正当な手続きを経た外国人以外は、日本政府の許可なく領海内に立ち入ることを禁じる」と書かれた立て札を立てて行ったのだ。
日本人がしきりに独島に入ってくるようになると、鬱陵警察署は、1953年7月、軽機関銃二丁で武装した警官3人を独島へ一時的に派遣したが、そのうちの1人がソジュンの祖父だったのだ。
この3人のことを、当時人々は「スルラバン(巡邏班)」と呼んだという。彼らは正規の警察という点で、後に独島義勇守備隊と呼ばれる人々とは区別された。
スルラバンが独島に到着した翌日の朝五時頃、ちょうど日本の巡視船が独島に上陸した。ソジュンの祖父は、日本の巡視船を検問しようと、向こうの責任者に対して日本語で話した。
「独島は韓国領なのに、どうして日本人が入ってくるのですか? 一旦鬱陵警察署まで一緒に来てください。調査をしてみなければなりません」
「日韓会談で独島が誰のものなのか結論が出るまでは、独島がどちらの側に属していると言えないのではありませんか?」
日本の巡視船の責任者はそう言って、同行を拒否すると逃走した。巡邏班は巡視船に向かって機関銃を発砲した。
この事件は日本の読売新聞でも報道されるほど、大ごとになった。その後も日本人が引き続き独島へ上陸すると、韓国政府は翌年の1954年6月から、最初から独島に常駐する独島警備隊を派遣したが、この時もソジュンの祖父が警備隊員に含まれていた。
8月に日本の巡視船が再び独島に接近してきた際には、韓国警察と日本の巡視船との間で銃撃戦が起こりもした。
それ以降、独島に上陸できなくなると、日本政府は仕方なく韓国に対して、独島の領有権を国際司法裁判所で解決しようと主張し始めたのだ。
こんな話を数え切れないほど繰り返し聞いているうちに、ソジュンは、日本から独島を守り抜いた祖父の誇りを、知らず知らずのうちに受け継いだのだった。
「ヒョンギ、命を捧げることだけがお国のためなんじゃないぞ。結婚して、子供を設けて、仲睦まじく幸せに暮らして、子供を立派に育てることもお国のためになるんだ」
「俺はもう、噂で兄貴がとっくに結婚して子供を作って暮らしているんだと思っていたんすよ。俺も兄貴のお嫁さんが作ってくださるご飯、ちょっと食べてみたいです」
ソジュンは照れくさそうに笑った。
「兄貴、最近は初恋の人がくれた例の首飾り、つけていないんすね? 国情院に入って訓練を受けていた間、ずっとお守りのようにかけていた首飾りのことっすよ。今、話していても、びっくりして手足が縮み上がりそうです」
「一体いつの話をしているんだ? ガキじゃないんだぞ」
ヒョンギがソジュンの首筋を調べると、笑って言った。
「おっと、本当にないっすね」
「無駄話はやめにして、早く仕事に行くぞ」
ヒョンギは、書店の一番隅の棚へ行き、二段目の本を取り出すと、その中にあった取っ手を右へ回した。本棚の下段が引き戸のように開くと、小さな通路が現れた。
【3】へつづく
【写真:Free-Photos (Pixabay)】