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カテゴリーの魔法: 私たちはなぜ物事に『本質』を見出すのか?


はじめに:日常の中の本質主義

「ライオンの赤ちゃんが羊の群れの中で育てられたら、そのライオンは草を食べ、羊のように振る舞うでしょうか?」おそらく多くの人は、「いいえ、それでもライオンはライオンらしく振る舞うだろう」と答えるでしょう。これは、「ライオンにはライオンであるための本質が存在する」と私たちが無意識に信じているからです。

日常生活でも本質主義は現れます。例えば、「男の子は青、女の子はピンク」といった色の好みに関する考えや、「A国出身者は勤勉だ」「B国出身者は怠け者だ」といったステレオタイプは、特定のカテゴリーに「本質的な性質」があると感じる心理に根ざしています。

定義

本質主義(Essentialism)とは、物事やカテゴリーには、それをそのものたらしめる「本質的な性質」が存在すると考える思考傾向です。この概念は古代ギリシャ哲学、特にプラトンアリストテレスの思想に由来し、物事の「本質」はそのカテゴリーに属するために欠かせない根本的性質であるとされます(Janicki, 2003)。

例えば、「鳥」というカテゴリーには羽やくちばし、飛ぶ能力が本質的特性として含まれます。これらの性質がなければ、「鳥」というカテゴリーに属さないと感じるでしょう。

この記事のカバー画像であるマトリョーシカ人形は、ロシアの伝統的な入れ子式の木製人形セットで、ひとつの大きな人形の中に小さな人形が何層にも隠されています。この構造は、本質主義(Essentialism)の核心的な考え方を象徴する優れたメタファーです。

心理学的本質主義

心理学的本質主義は、人間がどのように物事や対象を分類し、理解するかを探るための枠組みです。Rothbart and Taylor (1992)は、人間が物事を「自然種」(例:鳥や魚などの生き物)と「人工物」(例:椅子や車など人間が作り出したもの)の2つのカテゴリーに分ける傾向があると指摘しました。興味深いのは、自然種には「変わらない本質」があると信じられやすい一方で、人工物にはそのような本質が感じられにくい点です。

例えば、壊れた椅子は「もはや椅子ではない」と感じることがある一方で、羽が折れた鳥は「依然として鳥である」と認識されます。この違いは、自然種が持つ本質的性質が固定的であると信じる心理的傾向に起因します(Haslam et al., 2000)。

さらに、Haslam et al. (2000)は心理的本質主義には「自然性」と「実体性」という2つの独立した次元があると提唱しました。「自然性」は、カテゴリーが歴史的に安定しており、不変であるという認識を指し、一方「実体性」はカテゴリーが均一性、一貫性、排他性を持つという認識を意味します(Campbell, 1958)。

発達の軌跡

心理的本質主義は、幼少期からすでに見られる傾向です。発達心理学の研究によれば、1〜2歳の子どもは非典型的な事例に対してもカテゴリーに基づく推論を行います(Graham et al., 2004; Jaswal & Markman, 2002)。3歳になると、子どもは物体の内側と外側を区別できるようになり、4歳までには「内側に存在する見えない本質」の重要性を理解するようになります(Gelman & Wellman, 1991)。

例えば、牛に育てられたトラは「トラの本質」を持っているため、最終的にはトラとしての行動を取ると信じることがあります。こうした本質主義的思考は、生物学的カテゴリーだけでなく、ジェンダーや民族性などの社会的カテゴリーにも広がります(Fodor, 1998; Gelman, 2003)。

社会的カテゴリーとステレオタイプ

社会的カテゴリー(例:ジェンダー、人種、民族)は文化や社会的背景によって定義されることが多いですが、人々はこれらのカテゴリーにも「本質」が存在すると信じがちです(Yzerbyt et al., 1997)。

例えば、「女性は感情的でありリーダーには向かない」といったステレオタイプや、「〇〇人は勤勉である」といった偏見は、本質主義的思考が関与している可能性があります(Leyens et al., 2003)。また、Skewes et al. (2018)は、ジェンダー本質主義が性差別を支持し、性役割平等主義を阻害することを示しました。さらに、Diesendruck & Menahem (2015)は、幼少期の子どもたちにも本質主義的信念が観察されることを明らかにしました。

社会的・文化的要因

本質主義的信念は文化的背景によって大きく影響を受けます。例えば、イスラエル北アイルランドでは、子どもたちが宗教や民族的カテゴリーを強く本質化する傾向が確認されています(Diesendruck et al., 2013; Smyth et al., 2017)。一方で、東アジアでは社会集団の一貫性や調和が強調されるため、集団の実体性を強く認識しやすいとされています(Haslam et al., 2013)。個人主義的文化(例:アメリカ)では、個人の性格や才能に対して本質主義的思考が向けられやすい傾向があります(Tsukamoto et al., 2013)。

おわりに

本質主義は、私たちが世界を効率的に理解し物事を分類するための強力な認知ツールとして機能しています。しかし、その利便性にはリスクも伴います。本質主義的思考は、偏見やステレオタイプを助長し、社会的分断や不平等を固定化する可能性があります。

日常生活でもその影響は見られます。例えば、「自分は生まれつき数学が苦手だ」と感じることで努力を避けたり、他者に対して固定的な偏見を持つことがあります。また、対人関係においても「彼は〇〇の出身だから信用できない」といった誤った認識を生み出すことがあります。

しかし、本質主義のメカニズムや文化的要因を理解することで、私たちは偏見や固定観念に気づき、柔軟な思考と行動を選択する力を高めることができます。

参考資料

Campbell, D. T. (1958). Common fate, similarity, and other indices of the status of aggregates of persons as social entities. Behavioural Science, 3, 14-25. https://doi.org/10.1002/bs.3830030103

Diesendruck, G., Goldfein-Elbaz, R., Rhodes, M., Gelman, S., & Neumark, N. (2013). Cross-cultural differences in children’s beliefs about the objectivity of social categories. Child Development, 84, 1906 –1917. http://dx.doi.org/10.1111/cdev.12108

Diesendruck, G., & Menahem, R. (2015). Essentialism promotes children's inter-ethnic bias. Frontiers in psychology, 6, 1180. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2015.01180

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Fodor, J. (1998) Concepts: Where Cognitive Science Went Wrong. Oxford University Press. https://doi.org/10.1093/0198236360.001.0001

Gelman, S. A., & Wellman, H. M. (1991). Insides and essences: Early understandings of the non- obvious. Cognition,38(3), 213-244. https://doi.org/10.1016/0010-0277(91)90007-Q

Graham, S.A., Kilbreath, C. S., & Welder, A.N. (2004) Thirteen-month-olds rely on shared labels and shape similarity for inductive inferences. Child Development. 75(2), 409–427. https://doi.org/10.1111/j.1467-8624.2004.00683.x

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Janicki, K. (2003). The ever-stifling essentialism: Language and conflict in Poland (1991–1993)". In H. Cuyckens, T. Berg, R. Dirven, & K. Panther (Eds.). Motivation in Language: Studies in Honor of Günter Radden. et al. John Benjamins (pp. 273–296). https://doi.org/10.1075/cilt.243.18jan

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Skewes, L, Fine, C, & Haslam N. (2018). Beyond Mars and Venus: The role of gender essentialism in support for gender inequality and backlash. PLOS ONE, 13(7): e0200921. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0200921

Smyth, K., Feeney, A., Eidson, R. C., & Coley, J. D. (2017). Development of essentialist thinking about religion categories in Northern Ireland (and the United States). Developmental Psychology. 53(3), 475-496. https://doi.org/10.1037/dev0000253

Tsukamoto, S., Kashima, Y., Haslam, N., Holland, E., & Karasawa, M. (2018). Entitativity perceptions of individuals and groups across cultures. In J. Spencer-Rodgers, & K. Peng. (Eds.), The psychological and cultural foundations of East Asian cognition: Contradiction, change, and holism (pp. 333-351). Oxford University Press. https://doi.org/10.1093/oso/9780199348541.003.0011

Yzerbyt, V., Rocher, S., & Schadron, G. (1997). Stereotypes as explanations: A subjective essentialistic view of group perception. In R. Spears, P. J. Oakes, N. Ellemers, & S. A. Haslam (Eds.), The social psychology of stereotyping and group life (pp. 20-50). Cambridge: Blackwell.

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