パンタよ、永遠に
頭脳警察からソロ活動へ
この7月7日、PANTAが亡くなった。バンド、頭脳警察のメインボーカルにして、ほとんどの曲を書いた。いわば主柱である。享年73。まだ若い。肺がんを患っていたらしい。
デビューは1970年。初期の頃は、「銃をとれ」「赤軍兵士の詩」「世界革命思想宣言」など、その歌詞の過激さと、赤軍派のアジ演説が行われるなどの、こちらも過激なライブパフォーマンスが受けたが、その頃の作品より、バンドが一時解散し、ソロ活動時代の作品のほうが私は好きだ。
水晶の夜がテーマの作品、クリスタルナハト
とりわけ、お気に入りなのが、1987年に発売された「クリスタルナハト」である。1938年⒒月8日、ナチスの襲撃によって破壊されたユダヤ人商店街ではガラスの破片があちころに散らばり、闇夜のなかで光り輝いていた。クリスタルナハトとはその様子を称した言葉だ(「水晶の夜」といわれる)。
その名が冠された本アルバムは、いわば、ナチスによるユダヤ人虐殺の蛮行を描いたコンセプトアルバム。
そう書くと、本作の楽曲は、陰鬱でおどろおどろしいものを想像するかもしれないが、それはみごとに裏切られる。確かに、「BLOCK 25-AUSCHWITZ(アウシュビッツ)」のように、収容所に運び込まれ、死を待つしかないユダヤ人たちを描いた、恐怖感が立ち昇るようなサウンドもある。〈列車から降ろされて死のゲートを潜ると闇が光り輝いていた。生き残るための戦いが始まる。ルールなんてここにはないのさ〉と。
一方で、ロマンティックなラブストーリーにも聞こえる「ナハト・ムジーク」のような美しいメロディーラインの作品もある。〈ナハト・ムジーク 割れたショーウィンドーは街を宝石箱に変える〉。
重いテーマは軽い器で
全体基調は案外ポップなのだ。パンタはインタビューでこう語っている。「このアルバムをポップにするのは、使命だと思っていた。重くしちゃいけねいんだよ。ロックだからうるさいとかじゃなくて、ポップにしないと詩が入って来ない」。重いテーマは軽い器で、ということか。名言である。
いちばん好きなのは、「夜と霧の中で」かなあ(タイトルは、ヴィクトール・フランクルの名著『夜と霧』から取られたのだろう)。ポップス調でメロディーが覚えやすく、思わず口ずさんでしまう。<せめぎあいを横目で、見ていたキミは記憶を亡くした母の涙に手を振りながら無言の問いかけに答えるすべもなく、あの時、キミは夜と霧の中にいた〉。
このアルバムの確か発売記念ライブに行ったことがある。渋谷駅の近くの雑居ビルの5階か6階にあった渋谷ライブインという場所だ。レコード(当時)で聞くと、パンタの声は線が細いような感じがするが、ライブでは違った。特にサビの部分は圧倒的で、帰りの電車のなかでもその声が耳朶に残っていたのを覚えている。
パンタの最高傑作、万物流転
1990年、頭脳警察は再結成され、「頭脳警察7」というアルバムを発表する。そこに収録されているのが、「万物流転」という曲だ。
スケールの大きい、ダイナミックな作品で、詩人としてのパンタ、メロディメーカーとしてのパンタの両方がうまくミックスし、相乗効果を生んだ。パンタの最高傑作にして日本のロック史に残る名曲だと思っている。
万物流転は古代ギリシャの哲学者、ヘラクレイトスが唱えたもので、そのギリシャ語では「パンタレイ」という。そのパンタレイという言葉も作品中で繰り替えされる。
万物は流転し、変わらないものはない。今ごろ、パンタの魂はどのあたりを流転しているのだろうか。
https://www.youtube.com/watch?v=0VfmlKP9dyE