これがきっかけだと私は思ってる 4
友達の家で一夜を明かした私。リビングで座ったまま。
死ななくてよかった。
それに、昨日の夜よりも、調子はいい気がする。
2階から下りてきた友達と言葉を交わす。
「寝れなかった」
「だろうね」
さすが二十年来の友達だ。
理由はわからないが、私が寝れないだろうということを予想していた。
朝ごはんを食べさせてもらって、彼女の子どもたちとも言葉を交わす。
大丈夫かなぁ、いつもと同じようにできてるかなぁ。
友達にはもう十分、心配をかけているけど、
せめて子どもたちには変な心配をさせまいとする、変なプライドがあった。
友達は一旦学校へ出勤し、事情を説明してまた帰ってきてくれた。
その友達と入れ替えに、昨日来てくれた友達が、病院に付き添ってくれた。
病院で診察を待っていると、養護教諭が来てくれた。
昨日の夜からとにかく様子のおかしい私を1人にさせないように、
見事な連携プレーが組まれていた。
診察室で、昨日書いたメモを見ながら、
できるだけ丁寧に自分の体調を話した。
昨日の午後のこと、昨日の夜のこと、しゃべれなくなった自分のこと。
先生の診断は、「脱水」。
頭が回らなくなって、しゃべれなくなって、
このまま死ぬのかもしれないって本気で思ってたけど、脱水だって。
でも、考えてみると、思い当たることはあった。
昨日は、すごく暑い日だった。汗をかきながら仕事してた。
給食の牛乳以降、午後は何も飲んでない。水一滴も。
電話かけたり、ミスを反省して泣いたり、夕方も忙しくて、お茶も飲んでない。そうこうしている間に、どんどん状態はひどくなった。
途中、コンビニで飲んだ飲み物。
あれが私を救ったんだ。
夜から朝にかけて、とにかく起きようと必死だったけど、
夜と朝を比べると、朝の方が調子がよかったもん。
診断は、「脱水」だったし、
隣に、信頼できる養護教諭はいるし、
自分でもその診断に納得ができて、
一気に安心した。
そのまま養護教諭とごはん屋さんへ行き、
けっこうなお値段のする海鮮丼、海鮮定食?みたいなやつを奢ってもらった。
心配も吹っ飛び、元のように喋れるようになり、
豪華海鮮定食をペロリとたいらげた私は、その午後3〜4時間、
ぐっすり昼寝をした。
(診察編は、ここで終わりますが、続きがあります。
その後の私に訪れた変化が、最終章になります。)