腹いせの償い②

 電車を降りた私は、まず朝食を調達することにした。駅の構内に立ち食いそばがあり、のれんが出ていたので入ろうとしたところ、鍵がかかっていた。中にいた店員さんに首を横に振られる。まだ開店前らしい。仕方がないので、一旦駅から出て、近くのコンビニでサンドイッチとカニカマ、ドーナツを買った。目についた本も買った。支出が嵩むばかりだ。

 次に乗る電車がやってきたので、乗り込んだが、満席でしばらく立つはめになった。幸い、駅を通過するごとに乗客が減り、近くの座席に腰を下ろすことができた。まず、食事を摂った。ありがたいことに、食事を終えると少しばかり前向きな気持ちになれた。せっかくの遠出だし、今回は面接以外の目的があった。というより、気の進まない面接に嫌々赴くにあたり、無理やりに目的を作っていた。それは適塾を見に行くことだ。今回の受験先は、大阪にある某企業で、現地に赴く道すがら適塾に行ってみようと考えた。

 その昔、人から譲られた本の中に司馬遼太郎の「花神」があった。これは、村田蔵六(大村益次郎)を主人公に、その時代背景や、周辺の人物に触れる歴史小説だ。司馬遼太郎の本は、「竜馬がゆく」「坂の上の雲」「項羽と劉邦」「飛ぶがごとく」などを読んでいたが、読み終えるた時には司馬作品の中で最も好きな1冊になった。日焼けして、表紙もボロボロだが今も手元にある。長い間、会社のロッカーにいれておき、嫌なことがある度にページをめくっていた。この小説の何に私が心を惹かれたかというと、村田蔵六という人物を好ましく思ったからにほかならない。愛想というものがなく、人との調和性を欠くような姿が文章から浮かび上がるが、優れた頭脳により幕末の混迷期を乗り切り、時代の橋渡しをすると同時に暗殺に倒れる。私は、その業績よりも、彼の人の不器用な生きざまに魅力を感じた。そして思ったことが、この人と知り合いたかったということだった。もっというなら友達になりたかった。会社で虚仮にされ、周囲と全くうまくいかない私は、周囲の人間よりはるかに、時代の異なる村田蔵六という人物に親近感を感じていた。村田蔵六は、蘭学の修行中、緒方洪庵が開いた適塾で学んでいた。今年に入って、何かのきっかけで適塾について調べていたところ、塾の建物が今も現存し、しかも内部が公開されていることを知った。小説では内部は公開されていないとあったが、時代が変わったのだろう。それなら行かない手はない。また、私は、会社というものが信用できない以上、これから先、食べるために勉強しなければならないと考えている。適塾は多くの若者が、寝食を忘れて学問に励んだ場所だ。その空気を吸い、雰囲気を感じ、自分の励みにしたい。そういうわけで、今回の目的地は適塾と面接となった。

また長くなったので、次回に続きます。

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