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【詩】もうひとつの人生が閉じる時

こんな夢を見た。

私はR大学をかつて二週間で中退していた。
そのことが少し心の重荷となっていた。

別用でその後入学したKキャンパスを歩いていた。
ある男性に声を掛けられた。

「おい君、君は春野(私の名)じゃないか?」
私は私の過去を知るものが唐突に現れて驚いた。

しかし、そんなことよりもつかの間の旧友に逢えたことがうれしかった。
夢の中での彼はリーゼントをしていた。

それから我々はキャンパスを逍遙した。
歩きながら私はもうひとつの人生があり得たことを彼の唐突な出現により
実感した。

彼は優しく、このまま別れるにはあまりに惜しかった。
私は思いきって女学生に告白する時と同じような緊張感でもって
彼に電話番号を訊ねた。

私はその時、なにも持ってはいなかった。
彼は私の手のひらに刻み込むようにボールペンで電話番号を記してくれた。
「電話してもいい?」
私は顔を赤らめながら、彼にこう尋ねた。
「いいよ」と彼は言った。
私は安堵した。
こうしてふたりは別れた。

その後のことはよくわからない。
覚えていることはせっかく彼から貰った電話番号。
途中手を洗ってしまい、失認した。

この時、過去から遡ったもうひとつの人生が
終わろうとしていた。
「忘れるものか!忘れるものか!」
私は大学の事務室に駆け込んだ。
特徴はといえば……

元R大学卒です…。
本学の院生です…。

事務職員は判断に困るという顔つきをしていた。
我々の主たる仕事はあくまで事務作業であり、人探しでは無い。
向かい合う表情からそう読み取れた。
しかしそんなこと、この時、私は慮ることを忘れていた。
幸いであるかな。
私は「あっ」と思い出し、慌てて次の言葉をつけ加えた。

リーゼントです!

私は絶叫した。
この時、私は夢から覚めた。
時計の針は0時13分を示していた。




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