掌編小説「角砂糖ってすごいんだから」 #ショートショート #文芸
「最近、角砂糖って見ないよね。カフェではさあ、スティックシュガーだし、角砂糖なんかおいてないよね。昭和レトロの喫茶店なんかに置いてあんのかなあ。でも、まあ、置いてあっても角砂糖なんか使わないよね」
タカシだとかいうこの男の話はつまんない。この男とは、マッチングアプリでマッチングして、このカフェに入ったばかりだ。
男は最近、流行りのマッシュで、細身の黒のジャケットに、グレーのスラックス、皮のパンプスでシックな感じ。顔はまあまあ、悪くない。
男は、ホットのカフェラテ、私はブラックコーヒーを注文した。
店員が、注文したものをテーブルに運んできた時、店員は、ブラックコーヒーを男の前に置こうとすると、男は、「いや、ちげーよ」と、私の前を指差す。私は「すいません」と店員に頭を下げた。
男はテーブルに置かれたカフェラテのハートのラテアートを見て、スマホを取りだし、「おっ、いいねえ」とパシャパシャ撮る、撮る。
「ハナちゃんも撮る?」
私は、はしゃぐ男に、テンションが下がり続ける。
「いいえ、わたしもカフェラテにしたら良かったかなあ」
と男に合わせ、気を取り直し、黒い液体の入った白いカップを見つめる。湯気が上がり、甘い感じのよい香りだ。
そこで私がコーヒーの香りを楽しんでいる時、男が冒頭の角砂糖の話をしたのだ。
ここはカフェで角砂糖は、もちろんない。カップの横には、スティックシュガーが置かれている。
ああ、この男は、角砂糖の素晴らしさを知らないんだ。ますます残念な気持ちになる。
私は実は角砂糖信者。一人暮らしのアパートにも角砂糖を切らしたことはない。
角砂糖の何がいいって、その四角いフォルム。白い正方形。隙がどこにもない。全然ない。素晴らしい。
角砂糖を温かいコーヒーに入れた時の溶けゆく。隙のないフォルムが崩れ行く様は、儚げで美しい。それに角砂糖に含まれた気体が、コーヒーに小さな泡を立てるのだ。
まるで、コーヒーカップが一つの日本庭園やー。
いかん、いかん、気が、それてしまった。そして、角砂糖をそのまま口に入れた時の正方形が崩れ行く感じ、崩れていくに従って甘さが口に広がっていく。
男は、カフェで、学歴や仕事について熱く語っていた。私は、合コンのサシスセソを使い、相槌をうつ。
さすがー。すごーい。ステキ。センスある。そうなんだー。
砂糖を入れないコーヒーは苦かった。
私が、カフェを出る時、店の前にいた野良猫がにゃーんと鳴いた。
「じゃあ、また」
家に帰って、角砂糖をコーヒーに入れよう。
私は、軽やかに駅に向かった。