オリジナル短編小説「絵美の花冠」
親子をテーマにした短編小説です!
10分ほどで読めると思います。
キャラに癖はありますが、ほっこりするスト
ーリーになっています❗
どうぞお楽しみください✨
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「絵美の花冠」(2024年7月4日)
「今後もわが社では、みなさまに良心的価格で商品を提供してまいります。地球にもあなたにもやさしい、コーヒーの黒岩をどうぞよろしくお願いします」
そう言って、茶色のフォーマルなベストに身を包んだ紳士的な男が柔和な笑みを浮かべる。
自身が出演する広報用のその動画に目を通していた黒岩亜蓮(くろいわ あれん)はパソコンを閉じる。自分の鍛え上げられた筋肉と、甘いマスクが女性の顧客に受けがいいのだと秘書からは聞いていた。
亜蓮は葉巻に火をつけ、不遜な態度でそれを思い切り吸った。動画の中の亜蓮の物腰の柔らかさは影を潜め、猛禽類のような鋭い目つきになっている。また、体も一回り大きくなったように見えた。
亜蓮は38歳という若さながら「コーヒーの黒岩」というコーヒーの卸業を経営している。
亜蓮が営業時代に作ったコネクションで、安価で品質の良いコーヒーをコンビニと提携して携帯飲料として売り出したり、喫茶店を経営したりして会社は大きな利益を得ていた。
亜蓮自身は、幼いころに両親を亡くし、金には苦労した生い立ちがある。そのため、人一倍ハングリー精神が強く、食欲、名誉欲、金といった欲望にも忠実だった。
だが、その異常なまでの欲望の実現のためには亜蓮はどんな努力も惜しまなかった。人当たりのいいキャラクターを演じることもそのひとつだ。
亜蓮は葉巻を灰皿に置くと、朝食の大盛のナポリタンを掻き込んだ。
後ろを振り返り、ガラス張りの窓から町を見下ろす。高層ビルから眺める町はミニチュアのように小さく、人は豆粒の様だった。
「(いい眺めだ。それもこれも、俺がすべて努力した証だな)」
ナポリタンを咀嚼しながら優越感に浸っていたとき、社長室がノックされ、秘書が入って来た。
「社長、そろそろ視察の時間です」
「ああ。すぐに行く」
亜蓮は手早くナポリタンを食べ終えると立ち上がり、社長室を出発した。
今日の視察の場所は、駅前の商店街に出店した新しい店舗だった。秘書に連れられ、店舗に向かって高架橋を歩く亜蓮は、あまりの人の多さに顔をしかめた。高架橋は人でごった返し、すぐ目の前を歩いている秘書すら、見失ってしまいそうなほどだ。
「なんだ、この人ごみは」
「なんでも、緑化キャンペーンのイベントをやっているとか。社長、大丈夫ですか?」
亜蓮は帽子のつばに手をかけた。道の端に立っている女性が一輪挿しの花の束を抱え、道行く人たちに配っている。
「花で、世界に愛を運び、世界を美しくしましょう!」
女性の声を聞き、亜蓮は苦虫をかみつぶしたような顔をした。仕事以外で環境問題だの人権問題だのを考えるのは面倒だった。
亜蓮が帽子を目深にかぶろうとしたとき、突風が吹き、亜蓮の帽子が風で飛ばされた。
「あっ…」
亜蓮が手を伸ばして帽子を取ろうとするが、その手は空を割き、帽子はひらひらと下の道路へと落ちて行ってしまった。
「くそ、気に入ってたのに」
亜蓮が顔を上げると、秘書の姿がなくなっていた。どうやらはぐれたようだ。
亜蓮は舌打ちをして、鞄からスマホを取り出そうと、道の端によって立ち止まった。
鞄を探っていると、亜蓮のジャケットの裾を誰かが引っ張った。
「なんだ?」
亜蓮が視線を下に降ろすと、自分の足元で小さな少女が花冠を手にしている。
少女は小花のあしらわれたワンピースに、よく磨きこまれたローファーを履いていた。
「はい、おじさん!帽子落としちゃったんでしょ?どーぞ!」
「(…ガキか)」
「ちょっと、絵美(えみ)がどーぞって言ってるよ?ありがとうでしょ?」
亜蓮は少女の生意気な物言いに苛つきながらも、人目があったので営業用の笑顔を浮かべる。
「ありがとう、絵美ちゃん。けど、おじさん今忙しくてね…」
「はい、しゃがんで!」
強引な絵美は亜蓮をしゃがませると、その頭に花冠をかぶせた。
「わー、似合う!」
「(我慢だ。ガキのやることだ)」
亜蓮はそう言い聞かせ、深呼吸をする。にっこりと口角を上げ、こう言った。
「絵美ちゃん、お母さんの所へ帰りな」
そう言われた絵美はぽかんとした後、みるみるうちに目に涙をため、大声で泣き始めた。思いがけない事態に、亜蓮の顔が引きつる。
「ママが、いなくなっちゃったーー!!!」
「(おい、うそだろ)」
亜蓮は通り過ぎる人々の責めるような視線を受け、絵美の手を引いて足早に歩き出した。
亜蓮は絵美を連れて駅の中のケーキ屋に入った。絵美はケーキが食べられると知って機嫌を直したのか、にこにこしてリンゴジュースを啜っている。
亜蓮は絵美の正面に座り、げんなりとした顔をしていた。もはや外面を取り繕うのもめんどくさくなっている。
「おい、ケーキ食ったら、母さん探すからな」
「はーい。おじさん、なんか喋り方変わってるよ?」
「うるせぇ」
「絵美、この店ママと来たことあるよ。チョコケーキがすっごくおいしいの!」
亜蓮はへいへい、と呟く。
絵美の着ている服や話している内容を鑑みると、裕福な家庭で育っていると思われた。自分の小さなころと絵美の姿を重ね合わせて、亜蓮は絵美に妬ましさを感じた。
絵美は、食べるものがないからといって賞味期限切れの残飯を食べたことも、着ている服を繕ったこともないのだろう。
亜蓮は周りの客を見渡した。
家族連れや、恋人同士と思われる客が談笑している。もしかしたら、自分も絵美の父親だと思われているのかもしれない、と亜蓮は思った。誰かと一緒に暮らすことなど、煩わしくて亜蓮は結婚とは縁がなかった。
チョコケーキが運ばれてきて、絵美は目をきらきらさせてそれを口に運んだ。食べすすめるうちに絵美の口の周りにもチョコやクリームが付き、顔がべちゃべちゃになっている。
「汚いな。じっとしてろ、拭いてやるから」
亜蓮はハンカチで絵美の口元を拭いてやった。汚れが取れると、絵美はへへへ、と弾んだ声を出し、最後に残っていたイチゴにフォークを突き立てた。
「はい、おじさん。あーん」
「は?」
「美味しいものは、人に譲ってあげなさいってママが言ってたよ」
亜蓮はふいをつかれ、絵美から視線をそらした。
幼いころからそう自然に言える絵美のすこやかさが亜蓮には眩しい。絵美の愛らしさを見て、さきほど妬ましさを感じたことが亜蓮の中からうそのように消えていった。
満面の笑みを浮かべる絵美に、亜蓮は父性のようなものを感じて戸惑う。
亜蓮はおずおずとイチゴを口に入れ、片頬を歪めた。
「うん、うまい」
「おじさん、やっと笑ったね」
「笑ってない」
「笑ったよ!」
笑った、笑ってない、と言い合いを続けていると、亜蓮はまるで、絵美と親子になってしまったような錯覚に陥った。
わずかしか時を過ごしていないのに、亜蓮は絵美のよく通る高い声を聞いていると、この子どもがどんな危険からも守られますように、と祈りたい気持ちになっている。
けんかのようなじゃれあいをしていると、吹き抜けになっているケーキ屋の入り口から、絵美の母親が走ってきた。
「絵美!こんなところにいたのね!」
「ママ!」
絵美は席から飛び降りて、母親に抱き着いた。
母親は何度か頭をさげて亜蓮にお礼を述べた。
亜蓮は母親に対し対外用の笑顔を浮かべていたが絵美を見て、猛禽類のような目をしてこう言った。
「じゃあな、絵美。今度は迷子になるんじゃねーぞ」
「ばいばい、おじさん。…おじさん、ちょっと怖くてかっこいいね」
「それは俺たちだけの秘密だ」
絵美はにっかりと笑うと、母親に連れられ、店を後にした。
亜蓮は絵美が残していった花冠を眺めながら、まるで我が子の父親への贈り物の様だと考えて、少し笑った。
亜蓮のスマホが振動し、秘書から電話が入った。
「悪い、今駅前のケーキ屋にいる。すぐ行くから、待っててくれ。…声が嬉しそう?そんなことないだろ」
亜蓮は席から立ち上がり、店から出て、高架橋を歩く大勢の人々の群れに飲み込まれていった。
道の端ではいまも女性が道行く人に愛を広げる花を配っている。
亜蓮がその声を聞くのはさきほどよりも苦痛ではなくなっていた。
END(約3500字)
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読んでいただきありがとうございました🌸
キャラが濃かったので
説明が増えてしまい
このストーリーでなにが書きたかったかうまく伝わってればいいなぁ…と思うのですが。
ちなみに
亜蓮のテーマ曲は古川慎さんの「切嵌とfairytail」、「道化師と♠️」です🤩
楽しんでいただければ幸いです。