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その1 こころえる ① 身の程 ほどほど 頑張らず、顔晴る自分で

「心得る」とは コトバンクによると、
物事事情や意味するところをよく理解する。のみこむ。わきまえる。「扱いを―・えている」
事情をよく理解したうえで引き受ける。承知する。「―・えました。おまかせください」
たしなみがある。会得している。「茶道少しは―・えている」
気をつける。用心する。
「ころび落ちぬやう―・えて炭を積むべきなり」〈徒然・二一三〉

の意味を有する言葉である。
そして、これからいよいよ還暦の道に足を踏み出すにあたって、これは確りと心得ておくのがいいのではないか?と自分なりにラインナップした10のトピックス。

それぞれにまつわる事柄を、完璧とまではゆかずとも、4の意の「気を付けて」ゆくことで、心軽やかな華女暮らしを手にすることができるのでは?と思うから。

さて、まず最初は、「身の程」である。
上記の1番目の「わきまえる」という動詞と一緒に使う単語。

若い時分は、あえて身の程知らずに何かに挑戦したり、経験値を積み上げていこうと結構積極的に打って出ていた、わたくし。そのおかげで、山あり谷ありの人生を送らせて頂いた。これは、まあまあ面白かった。

が、華女になりかかる今は、心のギアを「身の程わきまえ」モードにチェンジしたいと思っている。もちろん、後ろ向きになるというわけではなく、ガツガツとした燃えるような野望(実は生来よりそういうたちではなく、省エネモードではあったのだけれど、例えとして)で自分自身と時間を無駄に消耗させないよう、「気を付けたい」からである。

20代では、誰か素敵な人に魅せられて、やたら高い理想の自分を設定し、其処に到達できないふがいなさにへこむこともあった。が、ここまで生きてこられた自分をわざわざ責めても、何も得るものはない。そんな自滅ルート入りは極力避けたい。ここまで来るのに大変だったアレコレを、一から十まで全部知っている自分に責められるなんて、不幸の極みではないか。

ということで、わたくしは自分の身の程をすんなりとわきまえるよう心掛け、心身の安穏を享受しようと決めている。

自分自身にムチ打たないこと。さらに欲を言えば、よくぞここまで生き延びた、わたくし。と褒めちぎってみたい。生きてるだけで儲けものなのである。

若い女性向けに書かれているけれど、華女にはその必要性が大きいと思える記事を見つけた。

そういえば以前、人間の幸せ度は、現実の自分(経験)と理想の自分(自己概念)の重なりが大きいほど高い(自己一致)、と心理学の本でも読んだことがある。

若い時は、それぞれの自分を近寄らせるように、現実の自分が力も尽くしてみるのも良いことである。それは、自分の限界を知る貴重な経験を得られる機会であるから。それは、人の成長のためにある程度必要だけれど、還暦となればまた事情は変わってくる。↑記事のようにやんわりと「諦める」の境地に至るのも身のためである。

そして、誰かと自分を比べて無用な劣等感を持つことも、自分を損なってしまうので、気を付けたいことである。

さらに、頑張る(かたくなに張り切る)のではなく、ほどほどな前向きでまずは様々な事柄での低下傾向のスピードを緩めることに注力して、所謂「イタい」感じに陥らないことを顔晴る(明るく目指す)ようにしたい。

若さに対してしがみつかず、老いや死に対して抗ったりせずに、この一度きりの人生が熟していく様を自分の心身を通じて体験し、見聞きできる貴重なチャンスを、モノにしたい。今後は、こういうところで、結構積極的なわたくしでありたいと思っている。もちろん、それは身の程ほどほどで。

楚々とした セイロンライティア 涼しさ貰い

最後までお読み下さり、ありがとうございます。感恩戴徳





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