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リズム

日々の生活の中で、

鈍くなっていると感じる感覚があるとしたら、

加齢による感覚鈍麻といえるのかもしれないし、

筋肉の緊張が、感覚神経を押し込んでいるのかもしれないし

体を開いて、

脳から皮膚まで調べることができれば

ある程度の理由が判明するのかもしれないが、

そんなことは出来るはずもないわけで・・・・。


また、触覚的な感覚だけではなく、

センスというか

周りの雰囲気、空気を感じる能力も、

少しずつ鈍くなるようなこともあると思う。


空気を読むということは、

言葉なく、その人の考えや、

タブーが発生している状態などを

感じとって、自分の立ち振る舞いに注意喚起を行うということ。

しかしそんな能力が

ない人もいるし、

逆に余りある気の使いかたの持ち主というか、

自分の関わってきた人の中にも

そんな人はいた。


自分がどれだけ、その感覚能力を養い、

日頃の生活に生かしているのかはわからないが、

その感覚能力は出来るだけ長い時間、

持ち合わせていたい。


しかし、そんな空気を読むといった

能力も必要なく生き抜く人もいるだろう。

自分の意に反したことを申し出る人間から離れて、

自分に注意してくれる人間から距離を置いて

自分の鈍感力を研ぎ澄まし、

自分のリズムで生活している人もいる。

他人のリズムはお構いなしに

自分のタイミングで物事を進めようとする。

これ厄介。


でも、まるで自分と同じリズムの人間なんていないことも事実。

だから相手のリズムに合わせようと、

空気を読む。

学習というのは反復、経験が重要。

空気を読まなければならない相手の近くで生きることが、

空気を読み、

相手とのタイミングを計り、

相手のリズムに合わせて、

空気を読むテクニックを学習して行ける。


性格的な部分が多いのかもしれないが、

やはりこの能力、感覚神経は自分的には大きな武器であると思える。


新しいコミュニティに入り込むことも

自分的には苦ではない。

文章にしてみて

改めて分かったが

何気に、今までの人生の中で近くに存在する人物が、

自分にとってこの空気を読む能力が必要な方々だったんだなと

今になって思う。

感謝しなきゃなと思う。




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