物語 「ルディのダイヤモンド」《第5章》
《第5章》
それからエレナは時々店に顔を出すようになりました。エレナが宝石についてもっと知りたそうだったので、ルディは、エメラルドやルビー、サファイアなどの原石たちから聴いたことを、どこかで読んだ物語のように話してみました。エレナはたちまちルディの話に夢中になりました。時には作業台の上に置かれた作りかけの宝石を手にとり、ため息をつくこともありました。
「あなたの話はなんて素敵なのかしら。私はこれまでずっと、貴族の妻や母になるために必要なことだけを教えられてきたの。でもね、ルディ。本当は私には夢があるのよ。私の夢はね、船乗りのように世界中を旅して、いろんな国で暮らす人々やそこで語られる物語を、もっと深く知ることなの。エジプトやインドをこの目で見てみたいのよ。ルディの生き方は本当に素敵ね。私もあなたみたいに生きることができたら、どんなにいいか……」
これまで誰にもそんなことを言われたことのなかったルディは、うれしくて返す言葉がありませんでした。でもそれ同時に、籠の中の鳥のように自由を夢みるエレナのことを、とても気の毒に思いました。
ルディとエレナはすっかり仲良しになりました。エレナがいろんな質問をしてルディがそれに答えると、またエレナが聞いて、という具合に、いつまでたっても話はつきません。二人は古くからの幼なじみのように、ありのままの自分で相手と話すことができました。そのあたたかな気持ちが、自然に恋へと変わっていったのも不思議ではありませんでした。ルディは、生まれてはじめて、人を好きになったのです。
日を追うごとに、ルディの心はエレナへの思いであふれていきました。
———エレナを妻に迎え、いつまでも二人で暮らすことができたら、どんなに素敵だろう。小さな子どもたちがいて、居間にはあたたかな暖炉があって、そして夜には水路に舟を浮かべて、みんなで星をみて……。
ルディは、何度も何度もその光景を思い浮かべました。でもエレナに気持ちを打ち明けることは、まだできませんでした。エレナは親方の娘で、そして親方は貴族の出身です。父親である親方の承諾なしには、結婚はおろか、恋人になることもできません。親方がエレナのことをとても大切にしていることは、誰もが知っていました。自分の軽はずみな行動で、エレナに迷惑をかけたら大変です。
ルディは迷いに迷った末、エレナとの結婚を認めてくれるよう、勇気を出して親方にお願いすることにしました。
「ルディ。悪いがそれは無理だ」
親方は重い表情で首を横にふりました。覚悟はしていましたが、それでも、考える間もなく自分をはねつける親方の言葉に、ルディは耐えることができませんでした。ルディは我を忘れて親方にすがりつきました。
「これからも店のために一生懸命働いて、素晴らしい宝石をたくさんつくります。エレナをいつまでも、ずっと大切にすると約束します。だから……」
「わしもおまえのことは、見込んでいるよ。本当によくやってくれている。だが、娘との結婚となると話は別だ。わしも貴族のはしくれだ。身分違いの結婚は認められん。それに、おまえさんの足の悪さも気になってな。あの子に悪い噂(うわさ)でもたたんかと」
「悪い噂?」
「そうだ。エレナに隙があったから、身分が低くて障害があるやつでも簡単に手が出せたなんぞとふれまわる、性根の悪い連中もいるんだよ。さも知ったような顔でな。店が繁盛しているせいで、わしにやっかみや妬みをもってるやつらがいるのは事実だ。それにおまえにもな、ルディ。おまえの評判がどんどん上がるのを、おもしろくなく思っている人間もいる。そういう連中が、根も葉もない噂を広めるんだ。そんな話が出たあかつきには、エレナの縁談に差しさわる。あの子にはちゃんとした家柄の男を見つけてやって、幸せになってほしいんだ」
ルディは目の前が真っ暗になりました。宝石職人としての評判はうなぎ上りで、ルディのお金もずいぶんと貯まってきていました。
「今のぼくなら、きっとエレナを幸せにできる……」
そう思ったからこそ、ルディは勇気を出せたのです。でも、身分のことや足の悪いことは、ルディの力ではどうしようもありません。
その夜、ルディはおじいさんが亡くなってからはじめて、声を出して泣きました。自分の足を、そして自分自身をこんなにも嫌いになったのは、生まれてはじめてでした。
それからしばらくして、ルディは石の声がまったく聴こえなくなっていることに気づきました。どんなに心を落ち着けて耳をすませても、石たちは沈黙したままなのです。
石の声が聴こえず、エレナも失ってしまったルディの毎日は、暗闇の中を歩いているようでした。ルディが手がける宝石の人気はどんどん落ちていき、店を訪れる人もにわかに少なくなりました。ルディはすっかり自信をなくしてしまいました。目の前のすべての光景が、曇った窓ガラスを通して見る景色のように、悲しく沈んでいました。
✧ ダイヤモンドの言葉 ✧
周囲の評価や常識だけを信じて自分を見限れば、あなたは本来の力を見失ってしまう。あなたの価値も才能も、常にあなたの内にあり、消えてなくなることはない。なぜならあなたは私と同じ、素晴らしい原石だから。私たちの真価は、それを見ようとする者にしか見えない。そして磨かなければ輝くことはない。見るか、目を閉ざすか。磨くか、それともあきらめるか。あなたは選ぶことができる。いつ、いかなる瞬間も。