いつもどこかにある物足りなさ
小さい時から、何かをしてもなんとなく物足りない、埋まらない不安な気持ちを抱えてきた。
絵を描くこと、楽器を弾くこと、写真を撮ること、服を作ること、料理することなど、不器用ながらも興味のあることであれば、没頭や熱中することで、どこか不安な気持ちを紛らわしていた。
人でも物でも事でも何かしらに依存してしていないと落ち着かず腑抜けになってしまう。
昔からそうだった。いつからか、仕事に没頭していく中で、あまりそんなことに取り組むこと自体も少なくなってしまった。
ここ数年立て続けにショッキングなことがあり、カウンセリングを受けて初めて自分がアダルトチルドレンであると知った。
克服には自分と向き合い、インナーチャイルドを癒すことが必要だという。無意識のうちに、プライベートで自分の意見や想いを発言しないで溜め込む癖がついていた。
自分と向き合う作業をしつつ、そこで、私がアートや文学、音楽などといった分野になぜ興味があり、こんなにも強く惹かれるのか、ようやく気付くことができた。
見た目の色彩や構造、質感などの美しさや、ひとひねり効いた言い回し、文字から浮かぶ情景や感情、文字や音のリズム、テンポなど、惹きつける要素が数多くある。
今までは、ずっとそういったもの1つ1つや、それらが複合的に組み合わさって形作られる技術や作り上げる情熱などに心を震わせていたと思っていたのだが、それが本質ではなかった。
私が不得手とする、概念や感情を表現することそのもの、表現を通して伝える自由さに憧れを抱いていたのだ。
自分でも良くわからない感情や考えを代弁してくれる救いのような存在。表現して伝達したいのにできないもどかしさを癒してくれる存在。
カウンセリングと並行して、自分の感情や考えをありのまま自覚し受け止めて、今よりもっとスムーズに表現できるようになっていくことも出来れば、きっとこの埋まらない感覚も和らげることができるかもしれない。
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