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掃除を、好きになりたい
ほのかです。もう2024年が終わってしまいますね!ちょっと寂しいですね。みなさん、楽しく今年を過ごすことはできましたか、?
そして年末にやることといえば、大掃除。🧹🪣
年に一度のスッキリ大チャンスですよね。
だがしかし。そんな大掃除を、私はしてません。😱
ずっと某ドーナツショップでバイトしてたら、なんかする時間無くなってました。笑 一応、自室は自分でしてリビングとかは母親中心にできる人がやるのですが、一切参加しておりません。(大ポンコツ)
では、その代わり普段真面目に掃除をするタイプかと聞かれたらもう真逆の真逆。散らかして散らかして、気が向いたら一気にお片付け。これを繰り返すタイプです。「ほんとだらしないな」「同棲とかなったらまじで相手が大変そう、罰ゲームもんだわ」などなど容赦のないご指摘を家族からいただいております。😢
知ってるんですよ、掃除はいいもんだと。
ほこりが取れて部屋の空気が綺麗になって、余分なものはなくなって。わかってます、掃除の素晴らしさは。🙆♀️ でも、なぜか面倒くさくなる。まとめてしかしない。素晴らしいと知っているはずなのに、なぜだろう?
この気持ちの正体をNHKのおかっぱの女の子に叱られる番組ばりに客観的に探っていきたいと思います。
私もだらしない女卒業したいです‼️笑
01.掃除嫌いの声
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掃除が嫌いと感じる方が過半数。嬉しい〜(ダメ)。男性よりも女性の方が「掃除嫌い」の割合が多いことにも喜んじゃってます。仲間を見つけると安心して自分を甘やかすこの癖、ほんとによくない。
理由も調べてみたところ、特に女性は「またすぐ汚れると思いやる気がしないから」「完了がない作業だから」的な回答も多いらしいです。キレイにしても汚れることから、毎日の掃除は達成感を味わいにくく、虚しさを感じる家事なのかもしれません、と締められています。そうです、その通りです。
さすがに部屋にいるだけでくしゃみが止まらないとかそういうのは困っちゃうから、埃がふわふわしてる気がしたらもうそれはそれは丁寧に掃除をします。🧹
でも、その部屋にいて特に健康被害がないとか他の人を招くわけじゃないとか、そうなっちゃうとちょっとね…毎日毎日汚れと向き合う気にはなりません。😅
私が掃除嫌いな理由も、本当に今書いた通りのことです。もうね、毎日やる意味がない気がしてしまう。
結局終わりがないというか、何したって汚れはまた顔を出す。その事実を考えてしまうと、やる気は出ない。シンプルに住環境に対して求めるレベルもそう高くない可能性はあります。笑
02.めんどくさがりになるワケ
そもそも、この理論でいけば意味がないと感じなければ、そしてめんどくさがりじゃなければ掃除をするはずなんですね。てことで、そもそも脳がなぜ掃除をめんどくさいフォルダに入れるのか、というところを考えてみようかなと思います。
マーケティングをやっている方が面白い記事を書いていたので、触れてみます。その人によると、
「めんどくさい」という感覚は、脳が効率よく動こうとするときによく現れます。とのこと。こりゃあ、もうズボラ人間の中では掃除は効率が悪いということ。もっと言うと、脳の中の脳(司令塔)をしているのは前頭前皮質ってやつらしい。🧑🏫実は報酬系と呼ばれる脳の領域で、3か月先の快楽より、目の前の快楽を優先する回路になっているようになっててそこが関係してるらしいです。1万2千年前から脳が変わっていないのなら、いつ食べ物にありつけるか分からなかった時代の方が長いから当たり前だね〜って書かれてます。
ここからは個人の話になっちゃいますけど、私はこれめっちゃそういうとこあります。
「手間がかかる作業」の中でもめんどくさいのが家事。特に料理、掃除、布団カバーをかけること。洗濯は好きです。🧺👚笑
料理は、外食が高いから頻繁にはいけないけどまあ、確実に外で買った方が美味しいモノを手軽に食べれる。掃除は前述の通り。布団カバーは不器用ゆえに結んだ紐がなぜかすぐ取れるからかけること自体だるい。だいぶひどい女ですね…。😅
いろいろ書いてて思い出しましたが、紙ベースの書類の管理も超絶苦手です。データ正義。ノートPCを愛してます。💻
でも逆に、新しいことを学ぶのとかオシャレしてお出かけするのとか、お小遣い手帳をつけるのはめんどくさくない。🙆♀️ 多分これは、新しいことを学べばお金を稼ぐ手段が得られるようになると思っているから。お小遣い帳に関しては、収支のバランスを意識することで生活を狂わせなくできるから。(現金な人間…)オシャレは、やっぱり人からの印象もよくなるし洗練して見えることで憧れてもらえたり。会話のタネができたり。それでいえば友達を作るのも、自分の視野が広くなりそうな気がしてめんどくさいよりワクワクです。
多分、掃除が好きじゃないっていうのは内よりも外にエネルギーを持つ人なのかなと思うんです。
「自分のために自分で手をかける」ことにメリットを感じない人は、多分好きじゃない気がする。自分が困らない範囲で生活できる手段を掃除以外に見つけてると、掃除を重要視しなくなる説も唱えたい。🧑🔬
私もそうですが、「お金の管理」は自分の生活を困らなくするのに直結してるけど掃除はすぐにしなければ死んじゃうようなモノでもない気がするのでは?🤔新しいことを学ぶ、おしゃれする、会話というのは確実に仕事のためだったり社交のためだったり、そういう目的があってそれをすることでどこかの関係の中での自分の価値が上がる、報酬が確実に見えているから少し手間がかかっても頑張れるのかもしれない。そうじゃないとプログラミングもしたことない文系女子がIT畑に就活なんてしませんよ…笑(私の話です)
自分の話に脱線しましたが、自分のためだけに手間をかけることにメリットを感じるか否かというのは大きな視点なんだと思います!
03.掃除に価値を感じるには?
私は「だらしない」「暮らすのが罰ゲーム」と言われないためにも、掃除を好きになりたいんですよ。笑
そんなワケで、私は掃除に価値を感じられるようになりたい。自分のためだけに手間をかけるメリットを、どうにか知りたいと思う。掃除と私の説に関連した記事はなかったけど、「自分のためにご飯を作るのは面倒」という話ともろ一緒な気がしたので料理家の方の見解をちょっとみてみることにしました。👀
その料理家の方が考えるには、誰にも褒められないことから生まれる、費用対効果のアンバランス感が自分のための自炊を面倒に思わせる原因らしいです。😢確かに時間もお金も精神力もかけて作ったのに、「おいしい」と言われない虚しさ、ありそう。私も本当にたまに、両親が遅くまで出かけてる時に簡単なものを作ることはありますが自分のために作っても本当に何も思いませんね。料理経験が少ない分味見も何回もしちゃって、おいしいもクソもないんです。😂
やっぱり次の日帰ってきた両親に美味しかったって言ってもらえるとか、妹と2人ご飯の時に作った方がやっぱり虚しさは小さいです。とてもとてもわかる。
掃除なんて、料理と違って焦がしたかなとか水分が多すぎるかな、とかそんな風にハラハラしないし。綺麗にしても、「そりゃ掃除したしな」としか。😂
自分でやっても「…😐」だと価値を感じられない。
でもこんなこと言ってたら一生掃除できない気がする、他でもない自己満足だもの…🤔
料理研究家の方は、こんな解を提案してくれました。
「過程を楽しむ」こともできると思うんです。たとえば、生姜焼きを買うのと自分でつくるのとでは、「生姜焼きを食べる」という結果は変わりません。おそらく費用的にもそこまで変わらないと思います。じゃあ、自分でつくることの価値ってなんだろうと考えると、生肉が美味しい生姜焼きに変化することに感動したり、つくりたてを食べられたり、自分で味や油を調整できたりすることだと思います。しょうがの香りや、火をとおすときの音の心地良さもありますよね。
うーんなるほど。ひとり旅とかと同じ感覚か…🤔
日々忙しいとそうやって自分のために手を動かすのはめんどくさくなっちゃうけど、目的地に着くまでの電車とか駅弁だと考えると楽しいのかも、?
それでいえば掃除とかも形から入って埃が取れてるとこがめちゃ見える掃除機とか買えばいけるのかしら…?
なかなかそうは思えないな、と思ってます。🤔
そんな私に、またぶっ刺さる言葉が。
「簡単すぎるから料理ではない」と考える方もいますが、それも立派な料理のひとつです。「家庭料理は手の込んでいるもの」というイメージって、無意識の刷り込みだと思います。TVドラマでも、生姜焼きとサラダと......って、ほかほかした食卓が描かれがちですけど、同じものを家で再現しようとしてもなかなかつくれませんよね。
食材を切って混ぜて炒めたものが料理だと考える人が多いけど、本当はもっと簡単でいい。とうもろこしをレンチンするのも、トマトを切って塩かけるのも立派な料理ですよ。「自炊」という言葉には、いろんな料理が含まれます。だから私は自炊が好きなんです。
あ、これは嬉しいかも。確かに、私もきちんとした母親のもとで育ったから「料理は手の込んだもの」だと思っていたし「掃除はピカピカにするもの」だと思ってた。でも定期的にゴミとかは捨ててるからそれも掃除でいいなら、ちょっとホッとしますね。😌
この感じだと、すごくゲロ甘評価で私このままでよくね?と思ってしまいます。たまにまとめてだけど掃除もしてるし、ゴミ捨ても定期的にしてる。厳しくしすぎると嫌になるのは過去の経験から痛いほどわかってるから大事なんだけど、でもダメなんですよ。このままじゃ罰ゲーム要員のままなんです。😱
この方が最後に述べた、「自分のケア」ってどうしたらできるんだろう。ファーストステップとしてゲロ甘評価は大事なんだけど、なるべく丁寧な暮らしに近づくにはもう少し進みたいところ。
ということで、もう少し調べてみたんです。
世の中、「セルフコンパッション」という概念があったんですね。知ってすらなかったです。😅
タイトルがなんかすごいいかついですけど、私みたいに自分で自分のために何かをすることが面倒臭い人にはハッとしていいタイトルな気がします。対処法で「自分にハグ」「自分を褒める言葉を書く」とかそういうのが如何せん得意ではないので…
自分のことは適当にして、ひたすら仕事仲間のことを気にかけていく。私もそっちタイプですが、確かにすごくすごく疲れていくんですよ。というか、1回海外で、チームプロジェクトが忙しかったゆえに自分の生活を適当にしてバーンアウトして鬱になってます。
それで私はぶっ倒れて途中帰国して結局いろいろなチームに迷惑をかけているので、そう考えると自分の生活環境に妥協しないのもいつか過酷な仕事をする時のケアの練習になってよさそうですね。😌
外向き人間的には、自分のために何かをするのが巡り巡って人を助けると思えれば確かにそれは掃除が価値あるものになりそう。🧹🪣
「はあ〜私はこれでいっか」と妥協ばっかりしていたらもしかすると、疲れが取れなくて何も出来なくなって、人の集まりの中で価値を高めて幸せになるどころか助けてもらうばかりで自己嫌悪に陥るかもしれない。そういう練習の手段が家事であり、その中の一つが掃除だと思うといいのかもしれません。
最後に。掃除嫌いな人は世の中に沢山いて、だからこそ「ちょっとずつやる」「ものをとりあえず少なくする」みたいな対処法はGoogleを見れば溢れています。🔍 ただ、私みたいな究極の掃除嫌い人間からすると埃がふわふわするまでは掃除をすることすらめんどくさいんですよね。ちょっとずつとかじゃなくて、そのちょっとがめんどいんだわ。😅
だから申し訳ないけどその対処法は当てにならなそう、そう思ってどうにか自分を奮い立たせるために本質的な部分に突っ込んでみました。自分に対する内向きのエネルギーには何も感じていない分、逆に大切に感じている外向きのエネルギーの中に掃除という自分のための行為を組み込んで、好きになろうという方法です。試してみて、これはいけると思ったらまた記事にしようと思います。笑
そんな感じで、年末のお悩みでした。🧹🪣
皆様、良いお年を。お付き合いいただきありがとうございました。