ドトールコーヒーの窓際にて
ある日のドトールコーヒーでの出来事。
季節限定ヨーグルトドリンクを飲んで一息ついていると、どこからともなく電話の着信音らしき音が鳴り、続いてすぐに電話をとる声がしました。
ちらりと見れば、中央の席の男性でした。
年齢は70代後半か80代でしょうか。
はたから見てもこだわりを感じられるようなおしゃれな帽子にメガネ姿で、背筋をまっすぐに伸ばし、まっすぐ前を向いて話していました。
男性は迷う事なく、そこそこ大きな声でこう続けました。
「あぁ、今かい?今ね、喫茶店。」
その「喫茶店」という響きに、近くにいた若者が、「喫茶店・・」と、極めて小声で言ったのが聞こえました。
そう、ドトールもスタバもサブウェイもタリーズも喫茶店。昔はみーんな喫茶店→サテンでした。
若者が違和感を感じている様子に、時代の流れを痛感しました。
その男性は、その後も結構な大きな声で話し続けます。少しずつ周囲も気にし始め、
「外に出るか、せめて小声で…。」
といった空気が漂い始めた時、会話に変化が起こりました。
それまで当たり障りのない近況報告をしていた男性が、急に語気を強め、ゆっくりとしっかりと、電話口の向こうの相手にこう言ったのです。
「そんな事言っちゃダメだよ。元気でいればいつか会えるだろう。」
突然に変化した真剣な口調に私は思わず耳を傾けます。男性は、更にこう続けました。
「俺もあちこち悪いけどな、とにかくお互い元気でいようや。いやいやそんな事言うもんじゃないよ。また会おうや。うん、そうそう、そうすればいつか必ず会えるんだから。頑張って、元気でいて、また遊びにおいで。待ってるから。」
それから男性は、相手と再会を約束した様子で電話を終えました。
そしてゆっくりと珈琲(多分)をすすってまっすぐに前を見つめていました。
その姿は、まるで位の高い僧侶のようでした。
どんな会話がなされたのかは知る術もありませんが、喫茶店という公共の場で、
迷う事なく電話を取り、迷う事なく会話を続け、
迷う事なく迷える電話相手に、迷いのない言葉をかける。
そう、俺には迷ってる時間なんてないんだよ。
そろそろお迎えがなんて言ってる時間もね。
俺が好きなのは喫茶店と珈琲。
オシャレをして出かけるのが楽しみなんだよ。
残りの人生、めいっぱい元気でいて、
大切な友人にはいつだってこう言うのさ。
「お互い元気でいて、いつか会おうや。待ってるから。」
それが俺の人生。
「店内での通話」というマナーの点は横に置かせて頂き、男性の力強く温かいその言葉に、午後のドトールコーヒーの店内は、心なしか数分前よりもなごやかな空気に戻りました。
自分に向けられた言葉ではないにも関わらず、何だかものすごく背中を押されたような気持ちになり、ヨーグルトドリンクを飲み干して店を出た、
ある春の日の午後。