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塾バイト体験記①

   個別指導の塾バイトを始めて1年が経った時のことである。いつもの教室に行くと担当生徒の名簿の中に、普段の授業では担当していなかったK君の名前があった。

   他の先生からの話を聞いたところ、このK君はどうやら特別支援学級に入っている生徒らしい。うまく自分を表現できないため声が小さく、他の先生方もどのように授業を進めていいか分からないとのことだった。

  そんな中、筆者にK君の授業が回ってきたというわけである。バイトを始めて一年が経過して意気揚々と授業に臨んでいた筆者は「まぁ何とかなるだろう」と快く引き受けた。何ともお気楽な男である…

  お察しの通り、初回の授業は「何とかならなかった」のである。授業を始めると想像していたよりもK君の声は小さく、身体を傾けて何回も聞き返さないと話している内容が分からない。また自分で持参したワークを授業時間に黙々と進めていて、筆者が問題の解説をした際にも何処か上の空で話を聞いているようには思えなかったのである。これは中々に手強いぞ…とこれからの担当が不安になる初日であった。

   あれ、でも持参したワークを黙々とやっていてちゃんと取り組んでいるからK君はこれでいいんじゃないの?もともと大人しい性格だし…と思う方がいると思う。しかし塾とは生徒が分からない問題を先生が丁寧に解説する場だけではなく、生徒が普段抱えている悩みや勉強についての不安などを聞き、一緒に考えていく場でもある。何より生徒とのコミュニケーションが上手く取ることができれば、生徒の勉強に対してのモチベーションや取り組みが変わり、成績アップにも繋がる可能性があるため、「まぁちゃんとワークやってるからいっか…」と半ば諦めてはいけないのである。

  とはいえどうしたものか。なんとかK君と上手くコミュニケーションを取る方法はないものか…そうこう模索して2週間が過ぎた頃、K君が持っていたポケモンの筆箱に目がつき、試しに話を振ることにした。

筆者:「K君ポケモン好きなの?」
K君 :「うん。」
筆者:「何のポケモン好き?」
K君 :「〇〇!可愛いし、結構強いんだよね。先生もポケモン好きなの?」
筆者:「好きだよー!最近新作出たよね!あれって…」

   その時のことはよく覚えている。声が小さく、何度も聞き返さないと聞き取れなかったK君が自分から話してくれるようになった瞬間だ。勉強しているときや解説している時には見ることができなかったK君の笑顔、そしてハキハキと話していることに凄く感動した。

   もっと早く趣味の話を切り出せばよかったじゃないかと皆さんの中に思う方もいるかも知れない。お恥ずかしい話、そうではあると思う。しかし意外にこれが難しい…もし生徒からの反応が薄ければ、そこで話は終わってしまい今後どうするか頭をまた抱えることになるのである。成功して良かったと本当に思う。

   この日からK君は自分から話してくれるようになった。勉強で分からないところも筆者から尋ねるのではなく、K君から質問してくれるようになったのだ。それだけではなく、授業を通してどこか集中力が無いと感じていたK君は趣味の話をし終えると、ぱっと切り替えて勉強に集中するようになった。

   担当して数ヶ月が経った後、K君がふと漏らした言葉がある。

先生の授業は趣味の話できるから面白いけど、他の先生だと緊張しちゃって塾での勉強が凄く長く感じる。話しかけづらいってのもあるんだよな…でも今は楽しい。

    あぁ、そっか。塾講師って教えることだけじゃないんだなと改めて気づかされたのである。塾講師をしていて凄くやりがいを感じた瞬間の一つだった。

   生徒1人1人に個性があり、1人1人勉強法や取り組みの仕方も変わってくる。これをやれば全員が成績を伸ばせる!といった勉強法などはなく、生徒とのやりとりの中で一つ一つ一緒に悩むことが大事なのだと思う。分からないところを一つ一つ教えるよりも、生徒との信頼関係のもとでの指導の方が生徒の飲み込みも早く勉強に対する意欲や、強いては成績も変わっていくのである。

コミュニケーションはかくも大事だなと体感した体験であった…次回もまたnoteに綴ろうと思う。

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