記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

「なんで殺人はだめなの?」藤子・F・不二雄のSF短編を読んで考える

秋と言えば読書の秋。そんなわけで以前から読もうと思っていた本をようやく読んだため超久しぶりに読書感想文を書く。記事を書いている段階ではすでに冬になってしまっているが気にしてはいけない。

画像11

ちなみに本を読もうと思ったきっかけは夏を通り越して春まで遡る。友人がふとこんな発言をした。

「もし人間がいくらでも再生できるようになったら、殺人は取るに足らないことになるのかな」

う~ん……たとえ治る怪我でも人に負わせたら罪に問われるし、とるに足らないことにはならないだろうというのが私の意見だったが、他にも意見がポンポン出てきて軽いディスカッションになった。すぐにディスカッションしたくなるのは大学生の定め。

その後、「私は再生をrestore(復元)で捉えていたけれど、もしかしたらreproduction(再製)だったのでは」と気づいた。
後日、上記のディスカッションの内容も含め別の知人に話したところ、突然おすすめされたのがこちらの本。

物騒なタイトルだが、藤子・F・不二雄のSF短編マンガなのでとても読みやすいとのこと。さっそくポチってみることに。
……と思ったらなんと親が持っていた。そういえば親はSFファンだった。

画像2

長年の歳月を経て紙も変色してしまっているが、読む分には特に問題ない。このサイズのマンガは随分前に読んだ火の鳥以来かもしれない。

画像4

なんと感想はがきに昭和の文字が。差し出し期日が昭和のものは人生で初めて見た。

画像3

「気楽に殺ろうよ」は本書では丁度真ん中あたりに収録されている。

ストーリー

話の内容としては、ごく普通のサラリーマンである主人公がある日突然、価値観の違う異世界へ飛ばされるというものである。最近の異世界転生ものと違ってトラックに轢かれるといったことはない。

主人公が迷い込んだ世界の価値観として、現実世界と大きく異なるのは以下の2つだろう。

・性欲と食欲に関する道徳観の逆転

この世界においては食欲は閉鎖的・背徳的なものとされ、食事も他人の目につかぬようひっそりと行われる。

画像5

(ハジの素……!!)

その一方で性欲は開放的・公共的なものとされ、子供向けの絵本にベッドシーンが描かれたり、街中で性行為しだす高校生カップルがいるなどなかなかのカオスっぷりである。
まあ、R-18なコンテンツではよくある話かもしれないが……。

・殺人が容認されている

もう一つ狂っている点として、この世界では殺人が普通に認められている

画像6

具体的な説明は作中にはないが、子供を1人産むと殺人権利証が発行され、正当な権利のもと誰か1人を殺すことができるようだ。また、この権利証は譲渡も可能で、作中では主人公夫婦の持つ権利証を100万円で買い取ろうとする者も登場する。

画像13

他にも電車賃の値切りが平然と行われていたり、月曜日が休日になっていたりとおかしな点はあるのだが、メインのものとしては上の2つだろう。

当然そんな世界に放り出された主人公は混乱し、周りからは気が狂ったと心配されてしまう。結局、お医者さんのカウンセリングを受けることに。当然このお医者さんもこの世界の普通の住人であり、主人公の持つ元の世界の価値観とは全く噛み合わない

画像7

(8ミリフィルムとか時代を感じるな)

主人公はこの世界の異常さを訴えるが……

画像8

個体維持を目的とした食欲種の存続を目的とした性欲。どちらかを恥じなければならないとすれば、当然食欲であるとの説明。

殺人はなぜ容認されているのか

個人的にはこちらがメインテーマ。なぜこの世界では殺人が許可されているのだろうか。

画像9

個人の間に発生したトラブルは全て当該者間で解決されるのが望ましいとの理論。また、人口抑制という面においても、”無理のない間引き”を行うことは有用であるとのこと。めっちゃドライやなあ……。

「いやいや待て待て。いくらなんでもおかしいだろう!」と読者に代わって反論する主人公だが……

画像10

合理的な説明もできず、最終的にはこの世界の価値観を全て受け入れて生きていくことを決意。しかしその後、SF短編らしい「あっ……」となるブラックなオチで物語は幕を下ろす。

感想

ようやく本編。あらすじがやたら長いのは読書感想文としては失格だろう。ちなみに、マンガを読むことは読書に当たらないと言う人もいるかもしれないが、マンガは文学であり、文学作品を読むことは読書である。異論は認めない。

画像1

(このミーム広まりすぎてどれがオリジナルなのかわからない……とりあえずここから引用した)

正直なところ、最初に読み終わった時は「いや……まだ反論の余地はあるだろう!」と思ってしまった。性欲が隠されるべきであるというのは、古代人類が”社会”を作り出したところまで遡れば合理的な説明ができそうだ。殺人が許されないのも、リヴァイアサンを持ってきて自然状態云々から説明可能だろう。

しかしながら、しばらくして大学の食堂に入った際に私が今まで前提としていた"この世界"そのものが絶対的ではないことをひしひしと感じた。

現在大学の食堂は某ウイルスの影響ですっからかんで、それぞれの席に1人か2人がひっそりと食事をとっている状況である。そんな中、ランチを購入し、席についてマスクを外そうとした際に強い抵抗感を感じた
人前でマスクを外したり、ぺちゃくちゃ喋りながら食事をとることは反社会的であり、そういった行為を堂々とするべきではないという意識がすっかり根付いてしまったのだ。あれ?「気楽に殺ろうよ」の世界観に近づいている……?!

画像14

現在の状況は1年前には全く考えられなかったが、もしこの状況が半永久的に続いたとしたらどうだろう。食欲は恥ずべきものになるかもしれないし、殺人も平然と行われるかもしれない。我々が普遍的に持っている(と思われている)常識というのは、不変的ではないし、ある時を境にして一瞬で変わってしまうものなのだろう。

そして、もし人間の再生(reproductionの方)が容易であれば、殺人は平然と行われるのかもしれない

画像12

こういったことに気づくには、一度植え付けられた常識をunlearn(捨て去る)した上で考えてくことが必要だろうし、そのためにSFを使うのは有益かもしれない。

収録されている他の作品について

もちろん本書は短編集であるため、1話30ページ程度のショートストーリーが全35話収録されている構成になっている。本書のタイトルにもなっているカンビュセスの籤ミノタウロスの皿など、有名な作品も数多くある。

ちなみにカンビュセスの籤と劇画・オバQについては既にどこかで読んだことがあったが、それ以外は全て初見。「気楽に殺ろうよ」と同様にSF(少し不思議)な世界観で、現代社会に対する強烈な風刺やブラックユーモアに富んだ作品が多く、なかなか考えさせられた。
藤子・F・不二雄のコミカルなタッチで描かれていることもあり、サクサクと一瞬で読んでしまった。読書に時間を割けない人にもおすすめだ。

最後に宣伝

締めにあたって宣伝をしたい。短編集は何シリーズか刊行されているためややこしいが、私が読んだ本はこちら(全短篇 第1巻)になる。

また、藤子・F・不二雄のSF短編を全部揃えたいという方はこちら(PERFECT版)を買うと幸せになれる。ただし全8巻のため、全部揃えるのはなかなか大変だと思う。

(「気楽に殺ろうよ」は1巻に収録されている)

PERFECT版についてはKindle版もあるため、電子書籍原理主義者の方々も安心だ。興味を持たれた方はぜひ手にとってほしい。

……といったところで今回はここまで。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?