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4-2. 行政支援の現場から見た自殺予防の課題①ーいのち支える自殺対策推進センター 森口和さんインタビュー後編

特集(自殺予防実践の現場から見た、実践・研究・行政上の課題)
森口 和(厚生労働大臣指定法人・一般社団法人
いのち支える自殺対策推進センター地域連携推進部)
末木 新(和光大学 教授)
自殺予防マガジン "Join", No.4

「いのち支える自殺対策推進センター」地域連携推進部に所属し、特に自殺対策に関する地域行政の支援に関するお仕事をされている森口和さんをお招きし、自殺対策の現状とその課題についてお聞きしました。

コロナ禍における課題やその他の課題

【森口】 他の課題ですが、民間団体との連携という部分、民間団体の方に積極的に活動していただける土壌作りみたいなところは課題かなと思っています。最近、民間団体へのアンケートを行ったのですが、結構な割合で、コロナ禍の影響があると出ていました。コロナ禍の初めの頃には、既存団体の半分は、活動を停止したり、制限を受けていました。それが、今でもかなりの割合で制限があったり、活動ができない状況があります(注:本インタビューは2022年4月下旬に実施)。このような影響で活動ができない方々が、活動を再開できるよう、民間団体と自治体の連携を後押ししていく必要があると思います。

【末木】 コロナの影響は、支援をする側にとっても深刻ですね。

【森口】 別のところの課題としては、自治体が地域自殺対策計画を策定していく上での実態把握の問題が挙げられます。今は、「地域自殺実態プロファイル」というものをJSCPが作成して自治体に配っています。しかし、それがあっても、自治体の方が統計をしっかりと読み込んで、自分の自治体の状況を対策に反映していくというのも難しいところがあります。もっと分かりやすく、国の動向や、基礎自治体別の自殺実態等の情報を整理していきたいなという思いはあるものの、なかなか難しいところです。

また、自殺の統計の場合、自殺者や遺族の方のプライバシーとの兼ね合いとして秘匿処理がなされる場合もあります。自治体の計画推進のための資料を作ることとプライバシーのバランスを考えながら、現実的に形として作れるものは何かを考えなければなりません。そういったところも課題の一つです。

対策の効果検証の問題

【森口】 あとは、課題となっているのは、対策の効果検証の部分です。例えば、ゲートキーパー研修であれば、本当にやらなきゃいけない部分の要件の定義の問題や、あるいは効果検証をしていくための尺度の問題などがあります。こういったものこそ、研究領域の方ともっと連携しながらやっていかないといけないところだと思います。効果的なプログラムの確立という意味では、どの部分が効果的なのか、そういった部分の検証も必要かなと思っています。

【末木】 例えばこの地域では、何らかの政策や事業などを行ったりするようなときに、上手くいっているのか、いってないのか?みたいなことを検証しようと思ったとしても、おそらくは難しい部分が色々ありますよね。

自治体の規模が小さくなればなるほど自殺は起こらないわけです。「人口が10万人いると平均すると年間20人の方が自殺で亡くなります」みたいなことがあったとしても、どの自治体も等しく10万人のうち20人に起こるわけではなく、実際には年によってかなり振れ幅があります。そういうようなことがあって、10万人規模でも結構大きな振れ幅があって、実際に自殺死亡みたいなところだけを見ていても、その地域での自殺対策が上手くいっているのかいっていないのかみたいなことというのは、年単位では結構分かりづらいですよね。

そうなったときに、実際には数年単位のトレンドなどをかなり幅広い地域で見ていかないと、上手くいっているかそうでないかというのは、数字、特に自殺死亡というレベルだと分からないんじゃないかと思います。そうするとなかなか、その地域の対策とかが上手くいっているのかそうでないかということを検証するというのは、数字的には難しい。行政関係の方とかは、そのあたり気にされているんだろうか?とか、そういうことは思うこともあります。

【森口】 対策の効果検証の部分は非常に大切です。国であっても、地域レベルであってもここは求められるところで、特に財政課との関わりで必ず聞かれるところだと思います。地方自治体であれば一個一個の事業が「本当に効果的なの?」という部分は問われると思います。それで、みんな四苦八苦している… 特に槍玉に挙げられるのが、啓発とかの効果の部分です。そのときに、効果に関する「数字を出すように」と言われても、結局はチラシを配った枚数を報告する、みたいなことにならざるを得ない状況です。

【末木】 そうした際に扱われる数字(啓発におけるチラシの枚数)は、本来我々が対策としてのアウトカムとして見なければいけないものとはずれているなと感じることも多いのですが。

【森口】 仮に、啓発活動であったとしても、もう少し大規模にきちんと調査を行えるのなら、対策をした経年の中での認知度を見ていく、というようなやり方とかもあったりするとは思います。昔、自殺対策推進室が内閣府に置かれていた時には、「自殺対策検証評価会議」があって、交付金の使用と自殺死亡率の低下具合を検証するといったことも行われていました(参考資料:平成 25 年度自殺対策検証評価会議報告書)。JSCPでも、そうした検証をいま進めているところです。

現場と研究者の連携の必要性について

【末木】 こうした効果検証の実行に際して、一番ネックなのはマンパワー不足ですか?

【森口】 正直な話、マンパワーだと思います。人が足りていないです。調査研究という面で言えば、「革新的自殺研究推進プログラム」、"革プロ"と呼んでいるんですけど、その中で外部の人にも積極的に関わっていただいて、様々な調査・研究などをしていくという部分ができています。JSCPだけで全部できるわけないと思いますし、JSCPだけでできることというのは限られているので、いかに外部の人を広く巻き込めるかが勝負かと思います。

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【末木】 効果検証や調査事業などは、大事だと思っていても、なかなか現状ではマンパワー的に厳しい部分があって、どう解消するか模索しているという感じですね。

【森口】 全てのことに関しての専門家をJSCPの職員として集めるっていうのは不可能な話です。研究者の方も、それぞれ色々とやりたいことがおありだろうと思います。その中で自殺対策と絡む部分については、JSCPと協力しながらやっていくことができれば、それが一番効率的かとは思っています。

【末木】 これは自分の問題でもあるんですけど、自分が研究を行っていく中で、政策になんらかの貢献をする方法というのは、研究者側からすると分からない部分というのが結構あります。もちろん僕らは研究をするのが仕事なので、研究をしたり、論文や本を書くことについては慣れているますのでやります。しかし、自分たちの研究の中で得られた知見を実際に政策に活かしてもらうというのを、どういうふうにやればいいのかは、正直わかりません

本などを書けば、それを読んでくれるような人とかもいるだろうということは思ったりもしますけど、こういうことは、なかなか直接的な実感が湧くわけではないので、どうしても、「もう少し政策の現場から直接的なフィードバックがあると研究としてもやりやすいな」というふうに思うこともあります。

私なんかは、前々から自殺対策を行うNPOであるOVAさんとの繋がりがあるので、自分がやりたいことや、思いついたことがあったときに、そうした実践家を通して自分の研究知見を吸い上げてもらったりすることができている部分もあります。ただ、もちろんOVAさんが何でもできるわけではないわけでして、もう少し多様な政策や事業について、研究知見を現場に吸い上げていただき、活かしていただく方法というのは、わからない部分もあります。

先ほど話に出たゲートキーパーについて言うと、ゲートキーパー教育を行った後の効果を検証するための測定尺度みたいなものというのは、既に作られてたりする部分は学術的にはあります(例:自殺予防ゲートキーパーとして最小限求められる知識やスキルの検討とその評価尺度「自殺予防ゲートキーパー知識・スキル評価尺度)。ただ、学術的に作っただけでは広く使ってもらって、実際の事業を改善するというところまではいけないと思います。ゲートキーパー教育は様々なところで活動を行っていると思うんですけど、それで、現場できちんと効果検証をやって内容の改善までやっているかというと、おそらくほとんどの団体がそこまではできていないと思います。これは推測ですが、効果検証をするための学術的なツールが既にあるということ自体も知らないとか、あるいは知ってたとしてもどう使っていいか分からないとか、「この形じゃ使えない」とか、「もっと項目数を減らして実施コストを下げてくれないと使えない」とか、そういうようなことというのはあると思います。

学術的には当然、こういう形が望ましいとして作ったものであったとしても、「それは現場では使えないよ」いうことも当然起こり得るわけで、そういうところで作るときに擦り合わせが必要であったり、あるいはただ単に作っただけじゃなく、改定していかなきゃいけないという中で、使いながら「こういうとこは変えていった方がいいね」みたいな話ができる場があるといいのだと思います。そういう場を作って、研究を現場のために活かして、政策や一つ一つの事業の改善に寄与していきたいと思っている研究者は、私以外にもたくさんいると思います。なので、そういう、つながりみたいなものを作っていけるといいんだろうな、ということはとても強く感じました。

アカデミックと行政における視点の違い

【森口】 全く同感です。ただ、学術領域の方と行政とでは、どうしてもぴったりと考え方が合わない部分というのもあります。例えば、今、自殺対策白書の一部分を作る準備をしていますが、純粋にアカデミックな観点に立つと精緻にやろうとしすぎて、それに対して行政的な観点からは、ちょっと違和感があるということもあります。それぞれ、「まあ、コミュニケーションの仕方ってまず違うよね」ということを認識するというのは結構大切なのかなあというのが一つ思うところです。行政の場合、分析的になりすぎないようにすることも大切になってくる部分があるからです。あと、やはり行政の中だと、何か最終的に形にするということの大切さがあるのかなと思いますね。

【末木】 「最終的に形にする」の部分について、もう少し説明していただいても良いでしょうか。

【森口】 つまり、事業に落とし込めるかどうか、という意味です。私が、末木さんと一番初めにお会いしたのは、前職で内閣府にいたときだったと思うんですけど、あのときも白書の作業をしていました。白書で何か一つグラフを作って、それから示唆される知見を書いたとすると、それを解決する手段みたいなところが、現実的にどこかの省庁が引き取れる問題として書かないといけません。何らかの知見が出たとしても、引き取り手がないようなことを書いてもしょうがないと言うか... 行政は、基本的に解決可能な問題を扱っているところであり、落とし所がある形にしていくというのは大切なことと、個人的には思います。

これは、アカデミックとは発想が異なる部分だと思います。学術の場合は、真摯に科学としての手続きやマナーを守ってコミュニケーションをしていくことを重視するということがあり、それは必ずしも現場で解決可能な落とし所を見つけるという部分と、相容れない場合があります。そういう意味では、アカデミックな研究を行政の中で、事業の中で生かしていただく場合、応用するための柔軟さが必要になる場合もあると思います。

また、こういった部分については、学術の中でも、領域によって慣れ/不慣れがあるようにも思います。医療系の方は結構こういう部分を意識的にやっているな、というのは思うところです。薬剤の研究なんかが典型的ですが、研究したことが最終的には診療報酬として反映され、医療の現場で使われるということを意識されています。そのあたりの感覚というのは、領域によって差があるかなと思います。

【末木】 医療なんかは、実際の医療の現場で使ってなんぼというようなところがあると思いますので、それはある意味で言うと行政的な感覚に近い部分というのがあるのだと思います。また、政策の効果検証を見ていると、やはりどうしても、政策と自殺の増減についての因果関係を厳密に検証するのは難しいので、研究の実施という意味では、色々なことを妥協しながら、実際にできることの中でどうやって役立てていくか?みたいな発想で考えて、やっていかないといけないんだろうなとは思います。

【森口】 そうですね。自治体の方も、上手くそこら辺を(アカデミックな観点から)評価してもらえない、というような感想を仰っていた方もいらっしゃります。

末木さんがこれまでOVAさんなどとされてきたことは、自殺対策の様々な事業の評価にも使えるものだと思います。ただ、自治体の人は、国際学術雑誌を見る時間もそうそうないと思うので、もう少し分かりやすく、解きほぐして応用可能性をお話いただきたいです(笑)そういうものがあれば、間違いなく自治体の方も参考にされると思いますし、そういう形で、行政の現場と学術との間で接点みたいなものもできるのだろうと思います。

【末木】 ありがとうございます。発信の仕方については、考えさせていただきます。

【森口】 JSCPも、革プロを通じて様々な学術関係の方に出していただいた知見について、広報とも連携しながら分かりやすく説明してもらうようにしていかないといけないんだろうなと思います。

連携・協働してくれる方はウェルカムです!

【末木】 研究や政策の効果検証みたいなものも、実際にはなかなか手が回ってない部分はあるにせよ、大事にされてないわけではなくて、やろうと思うけれどもマンパワー的に回りきらないとか、そういうような部分もあるということですね。ちなみに、やる気のある若手とかがそういうようなところにコミットしたいと思えば出来なくはないという理解で良いでしょうか?(笑)

【森口】 全然ウェルカムです。JSCPの業務内容にリンクしていただくような感じで色々と連携を提案いただいたりして、積極的に関わっていただきたいです。応用的な研究を目指す人には、ぜひぜひ積極的にJSCPを使っていただきたいです。JSCPだからこそできることとかもたくさんあると思うので、関わっていただきたいなと本当に思います。学術領域の如何に関わらず、精神医学、公衆衛生、各種医療系、社会心理、人文系全般含めて、色々な方との連携が必要かなと思っています。

【末木】 そうですね。最初の業務内容や自殺対策に関する行政の枠組みの説明をお聞きしてても、本当に色々な人が関わって大変というか、複雑というか、自殺対策って言葉だけで言うと何か一つのもののような気もしますけど、そうじゃなくて、本当に色々な方が関わって成り立ってるものだということを、より強く感じました。そういう中で少しずつでも改善できるところには、研究者として関わっていきたいと感じました。本日はありがとうございました。

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以下、前編へのリンクです。

■責任編集 末木 新(和光大学 教授)

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